おはようなぎ
今日も窓の外。寒そうな風の音が・・
仙台~気仙沼に派遣されている、私の会社の
男性からメールで、「大雪」だそう。心配です。
ところで、
昨日はお休み明け、久しぶりの出勤でした。
お休み中の、大震災関連未読メールがヤバかったです。画面が真っ赤。一日がかりでも、読み終えられず。
会社も混乱しています。
夜は会社の友達と、軽くご飯でも食べよう、お茶しよう、と思ったら、新宿は駅周辺、ほとんどお店が空いていませんでした。ルミネも早々にクローズ。。。
日本経済、大丈夫かな。
日本はこれまで、夕方以降の飲食の繁盛ぶりでも、GDPが維持できていたそう。(それはそれで、“パパ、お家に帰ろうよ”って話やけど・・;;;)
他方、売上低下で、各お店がまた通常営業に戻ったら・・
確実に更なる電力不足が・・
色々、考えさせられます。
今になって、地震のあった瞬間のことを書きます。
私は会社ビルの30階でいつも通りお仕事していました。
高知の支店の方と電話中でしたが、揺れがおさまらず激しくなり、
「ちょっと、今、地震がきてて・・・折り返してもいいですか」と言いながら、終いには「キャァー」と叫んでしまいました。半分、しゃがみこみながらも「内線番号を・・?」と聞くと、「もぅいいんで早く逃げて!!」と察していただき、、、
訓練以外で初めてヘルメットを被って、机の下に潜り込みました。フロアーの全員が。もう終るか、もう終るかと、長いこと。
非常階段の壁がはがれおち、亀裂も起こり
安全確認のためなのか、ビル内全員が一斉に外に出ることが危険と判断されたのか、いまだに全くよくわかりませんが、周囲の会社が広場へ避難する中、その後も一切避難させてもらえず、30階待機。
何度も来る強い余震のたびに、泣きそうになりながら机の下に潜り、同時に、燃えるビルや、街を襲う津波の映像をリアルタイムでテレビで眺めていました。
恐怖。。
本当に怖かった・・
そして・・17時に、ビル内・火災警報。
「誤報」とのアナウンスが流れるまでもう終わりかと思いました。
直後、壁が崩壊している非常階段で1階まで降り、お家まで歩いて帰宅したようなことです。
後で、You Tubeで見たら、西新宿のビル群の中で、うちの会社のビルが「一番大きく最後まで揺れていた」とか
「あの真ん中のビルの揺れがすごい」とかあって。
やっぱりすごかったんだと改めて実感・・・ 古いビルなんで。
東京の友達の話を聞いていても、皆、色々な場所で恐怖を味わっていて、心の傷もあり、
今現在も、余震、計画停電、水の汚染のニュース。。。と。とにかく、暗い。
赤ちゃんが居る家庭は特に、心配。私も母親だったら、翻弄するに違いない。
人々の顔も不安げ。
メンタル面。個人レベルでも、色々考えさせられます。
地震からの2週間。
経験により温度差はあると思うけど、私の感覚で、東京はこんな感じ。