辛い看護助手時代






看護助手は字で見て分かる通り


”看護師の助手”をする仕事である。







その幅広さは様々ではあるが


私が勤務した病院では


体力や精神面


をとても削られ、おまけに助手は


看護師の下の下の下の扱いであった。













朝礼時には看護師がナースステーションの


中央に位置し、助手は隅で息をひそめ


発言権はほぼ、なく看護師様様といった


職場であった。

















まず朝礼後に一斉にはじまるのは


オムツ交換


何十人といる大部屋の寝たきりの


患者さんのオムツを交換してまわる。


















オムツ交換と同時に行われるのが


陰部洗浄






男性、女性問わず隅から隅まで洗う。


患者さんの衛生面に関わる大事な


業務内容なので


恥ずかしがっていたり、


しっかり出来ていないと


御局様から大きな落雷が落とされ


1日中、嵐が吹き荒れる事となる。


(中々にグロい内容なので洗浄の内容は

省略する事とする)


















それから体位交換。


褥瘡(じょくそう)と呼ばれる


寝たきりの人が同じ向きで過ごす事により


出来る皮膚病になる事を防ぐために


体の向きを時間ごとに変える行為。












体位交換も一苦労で体力を要する。


感染症の患者さんの場合、厚手の


ビニールエプロンを着け、


手袋は二重にしてつける事から


時間がかかればかかる程


汗をかき、体力を削られる仕事だった。














それから

入浴介助



うちの病院では看護師は入浴介助は


行わず、助手が身体の洗浄を担当した。










どれだけ念入りに洗っていても


洗い方が気に食わなければ


クレームが度々入り、指導が入る。








みな癖があり、こだわりが強かった。


愛あっての事かもしれない。














その他にも摘便の補佐


助手は患者さんの体を抑え、


看護師の体力面をフォローする。






要するに汚い・体力を使う事に


関しては助手の仕事であった。














こんな看護助手時代を過した私だが


辛かった事ばかりではなかった。














コイケさん(仮名)






コイケ(仮名)さんというおばあちゃんがいた。


腰は曲がってしまい、拘縮も進んでおり


足の膝同士がくっついた様な状態で


オムツ交換に少し時間と体力を要する


患者さんだった。















ただ、そのおばあちゃんは


体は小さいが、力は強く


口が達者で声量もあり


根性がとてもある人だった。












ほとんどの看護師と助手が


そのおばあちゃんを嫌がった。








コイケさんは精神面の状態が酷い時には


暴れて職員を引っ掻いたり、


噛み付いたりする事もあった














いつでも天使な職員ばかりではなく


そのおばあちゃんのモノマネを本人の前で


してみたり、「うるさい婆さんだね!」と


言ったり…


……もっともっと酷い発言をする職員も


残念ながら存在した。













派遣の、しかも看護助手の私が庇って


「そんな事言わないでください!」


などと口を滑らせれば


明日から私のロッカーは無くなる事だろう。
















私はなるべく患者さん全員に平等に


接する様心がけてはいた。


喋れる人、喋れない人


耳が聞こえる人、聞こえない人。













だけどコイケさんはしっかり


耳が聞こえていたから少しひいき


していた所があるかもしれない












看護師が業務的に無言で


「痛い!嫌だ!いやだ!」


と言うコイケさんをよそに


オムツを声掛け無しで交換する。










”私だったら怖いよな”


そう心の中で思う…









「大丈夫ですよ、コイケさん


オムツ交換してますからね


もう少し頑張りましょうね」と手をさする。










それ位したい所だが


私の同僚で、有資格者の介護経験者が









「余計なことしなくていいから!


手さすってる暇があるなら


オムツ交換さっさとして!」と









怒鳴られているのを見た事がある。


そんな職場だった。










あまりの人数の多さと


介護レベルも高い事から


声掛けをして返答を待っている


暇などないのだ。時間との勝負。


声掛けは、話せない人がほとんどの為


無いに等しかった。












そんなコイケさんに私がしていたのは


空き時間に看護師の目を盗んで


ベッドの横で話をしにいく事。














暇でボーっとしている時間は


一日の内殆ど無いに等しい。


だが、上手くオムツ交換が進めば


10分程空き時間が出来る時があった。









そんな時コイケさんの元に行き話かける。








「コイケさんっ!来たよ!(ヒソヒソ)」












いつも「痛い!痛い!」と叫ぶ



コイケさんが目尻を下げて微笑む。















そして手には拘束具。


それでもコイケさんは私に


手を差し出す。








ナースステーションから


見えないように手袋越しにそっと手を繋ぐ。











「大丈夫?いつもコイケさんは


頑張ってるね。えらいね。」


と話かける。


「また明日くるから元気でいてね」












「うん。いつもありがとうね。」と










また目尻を下げて


愛情にも見えそうな目つきで


真っ直ぐと私を見つめる。








本当はこんなに可愛らしい

おばあちゃんなのだ。









そして掃除でもしていたフリをして

病室から出る。









そんな日々を何日も過ごした。











今考えればその行動は、自分の罪悪感から


罪滅ぼしでもしていたのかもしれない。


















「ありがとう」




何日経っただろうか


そんな日々を続けていた私は


また空いた時間のチャンスを伺い


コイケさんの横に居た。








ふとコイケさんが言った。


「ありがとう」










「そんな…こちらこそ

いつもありがとう」と私が返す。













コイケさんが言う












「人間として、大切に扱ってくれて

ありがとうね」










色んな感情がうずまいて喉が詰まった。










それから確信したのは


寝たきりの方でも愛情が伝わるという事。








そしてその言葉のお陰で


私自身が満たされ、愛を貰ったこと。









辞めようと思っていた助手の仕事を

もう少し続けようと思えた日だった。