9月になりましたね。
わたしは昨日、とほほになるほど厄日でした・・・orz
午前中のお買い物を済ませて今日は母と弟がお昼は家にいるからということで家に帰ってお昼ごはんを作り、途中、厄介虫が台所にきて私は理性を失いパニくって、10時半からずっと母の帰りを待ちました。
メールしても 「公民館。もうちょっとまってね」とか。
早く帰って来いー。
お昼までにはかえってくるっていったのに。
もう、居心地がこんなわるいところで2時間もまってたのです。
居心地が悪くて寂しくてムカムカして、涙が絶え間なく出てきて。
母親がかえってきたら堰を切ったようにもっとたくさんの涙が嗚咽とともにでてきた。
イライラと、恐怖と、不安。
負の感情がぐちゃぐちゃに入り混じってもう何がなんだかわからなくてわんわんないてて。
ご飯を前に。 食べたいのに、食べちゃいけないみたいな規制かかって。(これ自分で決めてしまう悪い癖)
なんか美味しいものくれないと気が済まないっていうか。
美味しいもの食べたいって母にいったら うん、行こうね行こうね、ごめんね、えらかったね
って。まるで子供をあやす母。 でもいいの。私はこういう優しい声のお母さんがすき。
そして、遅めのランチを近くのイタリアンで食べて、いろいろはなしたよー(^^)
働きたいなぁ。
いつも、求人誌を熱心に読んでます。
でも、食べ物と、生活リズムと、時間が気になって気になって前にすすめない
彼いわく、
なんでもいいからバイトしてみ、時間と人間関係にもまれまくって寂しいなんて思いしなくなるとおもうんだけどなぁ。
食べられなくなったらどうしようじゃなくて、それはその時考えればいいでしょ。
と。
彼の言うことはすごく分かる。やるべきことに熱中して、寂しくなくて。
その通りにできない私がここにいる。
働けたらとっくに働いてるよ。
母親と昨日はなしてて、もし、働く気があるなら、障害者手帳とかとってみれば?それでその枠で入れてもらえたらいいんじゃない?
ーーー―少し前の私の考えじゃんw。
でも、母や医師は、私がデキる人間だからと、手帳を薦めなかった。だけど、6年目にしていまだちゃんと定職についておらず、行き止まりくらってるかんじ。
やっと、手帳の許可でた。とおもった。
市役所に知り合いがたくさんいる。
小学生のときから市のイベントやキャンプは進んで出てたし、中2のとき海外派遣で豪州に行ったり、二十歳の成人式の実行委員やったり、ボランティアで被災地に行ったり、公民館で働いたり。
母もまた、市役所に関わりが深くて、だからもう、市役所行ったら知り合いがうじゃうじゃいるわけで。
そんな人らに話してみたら?っていわれたんだ。
だけど、臆病なことに「えっ!?」とか「まじかよ?」とかいわれたくなくて。
結局言わずじまい。
今日、市役所に行って障害者手帳の手続きの仕方だけ教えてもらってそそくさとあとにしました。だが知り合いの一人に見つけられてしまい「げんきになったね!」と言われる始末。
顔をみるなり、元気になったね。って。
拒食症持ちの私にはそれは褒め言葉ではなく、むしろ拒食の引き金を引いてしまいかねない一言。
顔がやつれてげっそりしている→痩せている
顔がつやつやしてぷっくり健康なかんじ→標準か太っている
という思考。
痩せ から 抜けたということは、少なからず体重が増えているということ。
もうね、さいきんはジーンズがぱつんぱつんで毎朝ひどく落ち込んでいる。
はぁ。
太ったっていうのは自分のコントロールができてなくて、だらしがない証拠だと思っているし、実際、綺麗で健康な人はいろんなコントロールができるから絶対に太らないと。本に書いてあった。
この固定観念を植えつけた環境をにくむ。
責任取れといいたい。
ああ私って悪。
話を戻します。
窓口で障害者支援センターの冊子をもらい、さっそくメールで問い合わせてみた。
どうなることやら。
ふぅ。
そう、きのうは帰ってきたあと、缶詰のコーンを開けて、なかのコーンをとりだそうと手をいれたら
さくっと。
ぎゃあああ
(ごめんなさい痛い表現)
しばらく血まみれになってました。
あわてて止血したので、24時間たったいまは見事に絆創膏一枚でおさまってます。
すげぇ。再生能力。
夜はアロマの水皿をひっくり返したり、麦茶をテーブルにこぼしたり、散々な一日でした。
散々な月初め。
どうなることやら。今月は予定がいっぱいなんだよなぁ。
皆様はよいセプテンバーを。
(*^^)
ジョーかっこいいなジョー。
オダジョー。ww