おはようございます
みちヨガです![]()

私たちはなぜ、息を止め、身体を固めてしまうのか?

1. 「言語」は流動的な世界を止める「ピン留め」
本来この世界も私たちの感覚も、
川の流れのように一瞬も止まらず変化している。
しかし人間は、
そのままでは掴みどころがなくて
不安を覚えてしまうため、
「言葉」というラベルを貼って、状態を
「固定」しようとする。
「身体のどこかが悪い」「痛い」「治る」
「治らない」「私は◯◯だ」という言葉も
一つの固定だ。
固定することで認識はできるが、それと同時に
「変化する可能性」を閉じ込めてしまう側面
も、あることを知っているだろうか?
2. なぜ身体は「固定」しようとするのか?
身体が記憶を「固定」するために
筋肉を緊張させ、息を止めるのは、
一種の「保存」と「防衛」だと思う。
ショックの保存:
衝撃的なことが起きた時、
そのエネルギーを処理しきれないと、身体は
「一旦ここに固めて(フリーズさせて)
お蔵入りにしよう」とする。
守るための鎧:
怪我をしたあとなどもそうだが、
「これ以上動かしたら危ない!」という防衛本能
が筋肉をガチガチに固め、「固定(ギプス化)」
しようとする。つまり、「固定」は生き延びるため
の生物的な戦略。しかし、それがずっと続くと
「不自由」になってしまう。
3. 「固定」を解くには「ゆらぎ」が必要
例えば、人間は言葉を使う。これにより、
言葉で切取られた状態にガチっと固定される。
ということはだ
裏を返せば、言葉が出る手前、
そもそもの状態は「固定されていない」という
ことになり、これはヨーガの真理を突いている。
本来、すべてはエネルギーの波でしかない。
身体に記憶された「固定」を解くには、
同じくらいの強い力でこじ開けるのではなく、
「呼吸というゆらぎ」を送り込むのが最適![]()
筋肉の緊張 + 止息 = 固定(記憶の定着)
筋肉のゆらぎ + 呼吸 = 解放(記憶の書換え)

ヨーガの動きは、まさに、
「形は固定しているようでいて内側は流動的」
の状態。これが、身体に張り付いた古い記憶
(固定)を優しく溶かしていくのだと思う。
「悪いもの」として心の中でガチッと
固定してしまっているかもしれないものを
ヨーガで、少しずつ、、
「ここは動いていいんだ…」
「ここは流れていいんだ…」って、
しんっ。と静まり返ったときの中で
そっと、固定を解いてあげられたらいい。![]()
だから、みちヨガでは![]()
「言葉で定義できない感覚」を味わう時間を、
シークエンスの中に入れて大切にしている。
「ただ、感じてみるだけ」という時間を。
(月)(火)の夜
(火)(水)の昼
上記クラスの生徒さんを募集しています。
2026.春![]()




