入院しているとこちらの意図にかかわらず同室の患者さんの家庭事情が垣間見える時がある。
整形外科病棟は手術が終わればどの患者さんも日々回復して元気になっていくから病室の雰囲気が明るいように思う。
手術直後「痛い痛い」と泣いていた人も2日3日すればだいたい皆とお喋りしたり食欲も出るようだった。
そんな中でも飛び抜けて陽気だったDさんの事を思い出す。
Dさんは70代後半でご主人は既に亡くなられて現在一人暮らし。息子さんは結婚して奥さんと同じ市内に家を買って住んでいるがDさんは少しも寂しくないと言っていた。
友達がたくさんいるから一人暮らしでも退屈しないそうだ。
ベッドでスウドクを解くのがいつもの姿だ。
同室患者さんのEさん、Fさんも似たような歳で気が向くと皆で励まし合ったり笑ったりして入院生活を過ごしていた。
ある週末のこと、Dさんに若い女性の見舞い客が来た。
女性は仕事で忙しくて今日になってしまったとにこやかに言いながらケーキの箱をDさんに渡していた。
ベッドのそばに腰かけて30分程世間話をして
「じゃあ、私はこれで…」
「あぁ、ありがとう。気をつけて」
と帰っていった。
彼女が病室を出てしばらくすると、Dさんが
「…ね…」
と遠くをみつめて独り言のように言う。
Eさん、Fさんがそれに答えるように
「…うん」
と静かにうなづいた。
私にはこのやり取りの意味が分からなかった。
Eさんがポツリと
「どうですか?ともないのね…。」
「だたの世間話だけで、、」
「そうなのよ。あれが息子の嫁よ。」とDさんはため息混じりに言う。
別に身の回りのことをして欲しいとは思わないけど、まるで遠縁の親戚かなんかみたいじゃない?お菓子を買ってきて世間話しして帰っていくだけなのよね。
「そうね…。困っていることはないかとか、欲しいものはないかとか、言葉だけでもあればね…」
そうなのかと何だかしんみりしてしまった。
そこで気がついたのはお嫁さんのDさんに対する絶妙な距離感だ。
彼女はとても明るくて自分の会社の話を冗談混じりに話してDさんを笑わせたりとても感じが良い人だった。
私たちにも気さくに挨拶してくれた。
でも確かに身内という感じはなかった。
夕方、車椅子でコインランドリーに洗濯に行く仕度をしていたらDさんも一緒に行くわと言って歩行器でついてきた。
「別に私はこういうことをやって欲しくはないのよ。望んでない。あの子が先回りに誤解して牽制しているのが寂しいわ。私は迷惑かけたくないけどいつかはそんな日が来るのでしょうね。虚しくて寂しいものよ。」
とコインランドリーに洗濯物を入れながらDさんは言う。
『息子の嫁』がいない私にはDさんたちの寂しさが実感できなかったが
今は何となく分かる。
今もまだ息子の嫁はいないけれど、何となく分かるのだ。
それから一人暮らし人のお見舞いに行くときには必ず
「全部足りてる?出来ることない?せっかく来たのだから用があったら言ってね」
と声をかけることにしている。