当初アメンバー公開にしていましたが、思いきって普通の公開で、アップします。


キョロキョロキョロキョロキョロキョロキョロキョロキョロキョロキョロキョロキョロキョロキョロキョロおねがいおねがいおねがいおねがいおねがい


きょうも占いを利用してしまった。しかも2回も。

声優が果たして本当に向いているのか、不安になってしまったのである。

私の声自体は問題ないと思うのだが、先生方(特にある女性講師)の声を聴くと、

正直、前も書いたけれど、キンキン声で、耳につくし、カンにさわることこの上なしなので、

レッスンも出るのが億劫になりそうなのだ。

 

みんなこういうキンキン声で話さなくちゃ、声優にはなれないのかな?と思ったのである。

 

「チコちゃんの声はチコちゃんにしか出せない個性だから、それを大事にすること!」と、

プロデューサーの方や、お友達のYちゃんに励ましていただいたのが救いである。

 

でも、声って天分のものだというけれど、それは、私は違うと思う。

声に乗せて、言霊を届けるのだから、大切に届けたいではないか。

いい加減な気持ちで発した言葉と声は、醜くゆがんで聞こえてしまうが、

誠実さを込めて発した言葉と声は、信じられないほど美しく聴くことができることを、

去年の今頃から私は学んだような気がしている。語る当人の、心がけ次第なのではないかと思うのだ。

 

つまり、キンキン声で話すのは、相手をある意味威嚇し、かつ馬鹿にしているのである。

私が気になってしまったのは、

その先生が、生徒たちを、威嚇して、馬鹿にしているつもりなのかな?ということなのだ。

 

(ああ!やっぱりきちんとこうして、自分の心の中にある澱を溶かしていくことが大事なんだなあ!)

 

もちろん、その先生はそんなつもりで話しているわけではないと思う。

でも、自分の声がどう聞こえているか、わかってはいるだろうと思うし、

正直、あまり褒められた話し方をする人ではないことは確かだ。

気の強さもすごく伝わってしまうし、

私はやっぱりこの先生の講義はあまり聴きたくないなぁ・・・と思わざるを得ないのだ。

 

第一印象は顏で勝負するほかないが、実際に会って話をしてみると・・・

ということなのだろう、人と人が出会うことは。


だからというわけではないが、パーヴォと最初に言葉を交わした時の、奮い立つような感動的な体験だったことを、改めて思い、感謝をささげたい。彼がどれだけさまざまな人生に敬意を表しているか、よくよくわかったからである。