『恋しくてもう駄目です』


新聞の大きな見出しを見て、ドキッとしてしまいました。

朝日新聞の別刷り「be on saturday」の1面です。


【以下、新聞記事より抜粋】

 70年あまり前、親子ほどに年の離れた恋人同士がいた。男には妻がいる。別れを決意しながら、完全には別れきれないふたり。

 男は、近代を代表する歌人、斎藤茂吉。1937(昭和12)年の当時55歳で、東京の大病院の院長。妻輝子が男性関係の醜聞を起こし、長く別居状態にあった。

 女は弟子の永井ふさ子。27歳。3年前に東京で茂吉と出会い、歌の指導を受けるうちに深い関係になった。しかし、婿養子の茂吉は離婚に踏み切る気はない。関係もひた隠しにしていた。

「先生との恋愛をあきらめるためには、無理にでも他の人と結婚してしまうより道がない」

 そう考えたふさ子は、実家がある松山に戻り見合い結婚する決意を固めた。茂吉もそれを受け入れる一方、激しい思いを歌にして贈っている。

   こひしさのはげしき夜半(よわ)天雲を

   い飛びわたりて口吸はましを

 ふさ子がそのまま結婚すれば、文学史の片隅に名を残すこともなかっただろう。しかしふさ子は婚約を解消した。やがて日本は戦争に突入し、茂吉との関係も途切れる。

 茂吉が世を去って10年後の63(昭和38)年、ふさ子は茂吉の書簡を公開して関係を明らかにした。この恋文のうち百数十通が『斎藤茂吉・愛の手紙によせて』として書籍化されている。

 手紙の文面の真摯(しんし)さ、ひたむきさは茂吉の情熱をよく伝える。



その手紙の文面に書かれていた一部が、冒頭の

『ああ恋しくてもう駄目です。(中略)恋しいひと、にくらしい人」



ああ・・・そんな言葉・・・言われてみたい・・・。

もしくは言ってみたい。

なんちゃって。



ふさ子さんが町を歩くと、必ず男たちが振り返ったといいます。

【40年撮影の茂吉と20代のふさ子】

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たしかに、美人ですねー。

ふさ子さんは、平成5年、83歳で亡くなるまで、生涯独身を通したそうです。