復職への道 〜6日目〜 <非主張型> | ★No Jesus No Life. Know Jesus Know Life★

★No Jesus No Life. Know Jesus Know Life★

ヘタレなツバサの徒然日記♪

シャローム!

風がありましたが日差しが気持ちの良かった石巻から、おばんです。

本日、職場リハビリ6日目
昨日から、あまり調子が良くなく夜中に下肢の痛みで目が覚めました。

この痛みは何年も前から、しばしば私に襲いかかって来ます。
リウマチや膠原病の疑いもあったものの、検査をしても異常はみられず、服薬の副作用なのかわからないまま、痛み止めを飲んで対処しています。
昨夜は夜中に痛みがあったため、寝ぼけ眼で痛み止めを飲んでいました。

痛み止めと胃粘膜を保護する錠剤のペアで飲むものなのですが、寝ぼけていたためか朝見てみると、痛み止めを2錠飲んでいた
通りで、寝起きから気持ちが悪いはず。
 

体調も思わしくなく体も重い、気分もすぐれない。
休んだ方が良いのではないか?

と頭をよぎるも、このタイミングで休んでしまったら、立ち直れない気がすると行くことを決心する。
やっぱり、まだまだリハビリ過程だと再確認。
 

まだ、慌てるような時間じゃない。



頑張れ自分!

無事、1日を終えることが出来たということで、
 

 


今回の休職中にもすごく考えさせられたので、前回、ブログに少し書いた

 

 

アサーティブ(自分の感情を言葉にして上手に表現すること)について書いてみたいと思います。
前回のブログはこちら→ 7年が経って、今


本来、自己主張がとても苦手な私。
習慣化しすぎて、自分で自分が何を考えてるかすら気づくのが遅い。
そして、他者の話を聞く時は相手の言葉の向こうにある意味を考えすぎてしまう習慣があるため、反応も遅い。

理解して、返す言葉が思いついた時にはだいたいにして、そのトピックは終わっている。

時差がハンパない!

それでも、大切なことはきちんと伝えるようになりました。

私は、どちらかというと、場の空気を読む方だと思いますが、(多分)

幼少期から青年期にかけては、自己防衛の傾向からか攻撃的なコミュニケーションをとって来たかもしれません。
そのため、言葉で他者を傷つけることが多くあったように思います。

被害にあった皆さん、

本当にごめんなさい。

その後、『言葉』のもつ重さに気づき、人は『言葉』で人を生かすことも殺すこともできると感じるようになりました。

『道の行き過ぎは戻れても、
言葉の行き過ぎは戻れない』


と、昔、三線の先生が教えてくださいました。
確かに、人が1度発した言葉は戻すことができません。
自分の発言には責任が伴うことを学びました。

そしてまた、歳を重ねるにつれ、人は他人を変えることができないということも学びました。
また、人の言動には何かしら意味があるということも経験しました。

私は、喜怒哀楽の『喜』と『怒』の感情があまり出ないようです。

『喜』に関しては、表面に出にくいだけで割と喜んでいることが多いと思います。

『怒』に関しては、怒るということ自体が少ないです。というより、イライラしたり、怒る事象自体が少ない日々だと思います。

例えば、よっぽどでない限り、待ち合わせに相手が遅れて来たとしても、あまりイライラすることはありません。
私の周りの、多くの友人が他者に対して『優しい心』を持って日々過ごしているのを知っているからです。

もちろん、私は、アカウンタビリティー(説明責任)も大切だと思っています。


なので、もしここで私が不満を抱く場合の原因として考えられるのは、

相手がその『説明責任』を果たしていない場合か、

私自身が『理由を聞くことが出来ない』場合です。


アサーティブの考えに大切なことは、『誠実』『率直』『対等』『自己責任』の基本的なことがあると思いますが、
私の場合、『対等』という分野に問題があるように思います。

極度にセルフイメージが低い為、基本的に『相手と対等』だと感じることが難しいのです。

ダメなヤツ意識が高すぎる。

その為、『非主張型』な傾向になり、言葉にしない分、考えの整理もつきにくくなる為、不具合が起こった時に、何かしらのストレスを抱えてるにも関わらず、そのストレスの原因を突き止めることが困難になって来ます。

明らかに、間違っていないと思う事柄に関しては、人前でも自己主張できるアサーティブな面も持ち合わせているのですが、いかんせん『自己評価』が極度に低い為、自分の意見が間違っていると相手に言われていると感じた場合に対処が難しくなってしまいます。

幸いなことに、家族や友人の幾人かが、私自身が特に大切にしている部分である、『信仰』『人を愛する』ことに関しては『振り返り』の時間を与えてくれていることです。
他者の意見を尊重するが為に、自分の意見を主張しない際、後で『確認作業』をする機会があることは感謝なことです。

特に瞬発的な反応が遅い、私にとって、この作業はとても大切なことだと思います。
そして、ゆっくりではあるけれども、それを次に活かすことが出来ます。

もう一つ感謝なことは、自分自身のバックグラウンドと出会って来た人たちの存在です。
自分自身のバックグラウンドについては、ネガティブな面が多かった時期もありましたが、これがなければ今の自分を愛することはできなかったと思いますし、とても感謝しています。

そして、これまで出会って来た愛する人たちの存在は、私の持つ価値観を大きく広げてくれたと思っています。

これまで、中学生レベルの英語もわからなかった私が、沢山の外国人の友人と出会うことによって、文化や価値観、様々なコミュニケーションの大切さを学びました。
石巻での生活がスタートした頃は、東北弁も聞き取れず一緒に活動する人の多くが外国人であったこともあり珍しくホームシックになりましたが、言語と異文化に関しては、特にこの7年間で鍛えられたと思います。

お互いの言語がわからない分、お互いに聞くことも伝えることも、考えを伝えることも、より丁寧になります。
外国人の友人との合言葉は、
『Communication is very important DESHO?』
 (コミュニケーションはとても大切デショ?)
と言い合う時期もありました。

そんなこんなの感謝の日々で、ゆっくりではあるけれど少しずつ変化は見られているのかなと自分では思っています。
神様が、この弱い自分を1人も知り合いのいない石巻に導いてくださったのにも素晴らしい計画があるのだなと確信しています。

『愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。
愛は自慢せず、高慢になりません。
礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、怒らず、人のした悪を思わず、
不正を喜ばずに真理を喜びます。
すべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。
愛は決して絶えることがありません。』
1コリント13:4-8(聖書)


もう少し、Self-Esteem(自尊心)を大切に築いてあげて、自分にも人にも優しくなれたらなと思います。

今しばらく、大変な時期を揺るがない信仰を持って乗り越えていけたらと祈りつつ。
いつも、支えてくださっているみなさんに心からありがとうございます。

愛と恵みに満ちた神様に心から感謝し、

全ての栄光を神様におかえしします。

今日という日も、心から感謝!!
あなたの今日が、素晴らしい1日であったことを願って。

主にあって ツバサ

 

ブログランキング・にほんブログ村へ にほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ にほんブログ村 キリスト教