前回Blog更新では、身体的な休息について記載しました。
今回は、ココロの休息について考えてみたいと思います(^^)
運動してないのに、疲れる。起きたばかりなのに、何もしたく無い。イライラする。
このような経験ありませんか?
こんな状態を、健康と呼べますか?
心が、休めてないのではないですか?
まず、ココロの休息を考えるには、情動を理解する必要が有ると思います。
第六回みんなの輪の演題で、脳機能と情動についてPick upされた物が有りしました。
その中で、情動を掘り下げると快と不快という、二種類の物しかないという話が有りました。
さらに、不快情動は理性など関係なく直感的に『不快』と感じるようです。
人は、不快情動を倫理観や理性で押さえ込もうとします。
倫理観や理性は、集団生活を行う上で人が獲得した社会性であり、現在の生活では必須の要素です。
しかし、いくら理性があろうと嫌な物は『イヤ』なんです(ーー;)
私は、鼻炎もあり強い香りが苦手です。とくに、電車の中での香水のきつい香りとかです。本当に嫌いです(`Δ´)
ただ、私も理性が有りますから我慢が出来ます。
我慢した後で、電車出ると何か体がダルく気分が悪くなります。
なんで、乗り慣れた電車なのにすごく疲れるのでしょう?
不快情動を我慢すると、精神的なストレスが生じるからです。
精神的なストレスは、身体的な疲労に繋がる気がします。
誰かは知りませんが昔の偉い人が、
『健全な体には、健全な精神が宿る』
といっています。その逆も然りです。
ただ、私たちは偶発的に生じた不快情動は避けようが有りません。
だからこそ、家の中や自分が生活する場所では、不快情動を感じにくい環境つくりが大切なではないでしょうか?ストレスを貯めないためにも!
対物に関しては対処はし易いです。いやなら変えてしまえばいい。
しかし、対人にではそういうわけにもいかないですよね・
人に感情を伝えるのは難しいです f^_^;)
私の一番苦手とする事です。
喧嘩は面倒だし、嫌われたくないですから(ーー;)
しかし、ストレス貯めないためも、周りに嫌だと理解してもらわなければなりません。
私は、人に伝えることの重要性に気づく機会を頂いたので変わろうと思います。
ただ、誤解しないで下さい。
不快情動が有るからこそ、相手の感情を理解できのです。
だからこそ、ルールもあり理性も有ると思います。
不快情動は、痛みと同様人には必要なものなのです。
心身ともに健康というのは、素晴らしいことですね!!