酒飲んでるとき、まだ理性を保ってると思い、飲み終わり人と別れる。
そうすると、大分自分が酔っているということを実感する。
人と話しているときは結構平気な気がするけれど、別れた途端千鳥足。
そこでようやく自分が酔っていることが分かる。
そして、今現在がその状態である。
でも今から勉強もする。それくらいの理性ならまだ残ってる。
明日見返して後悔するのか。
あ、明日の朝は見たい番組があるから起きなくてはならない。
酒飲んでるとき、まだ理性を保ってると思い、飲み終わり人と別れる。
そうすると、大分自分が酔っているということを実感する。
人と話しているときは結構平気な気がするけれど、別れた途端千鳥足。
そこでようやく自分が酔っていることが分かる。
そして、今現在がその状態である。
でも今から勉強もする。それくらいの理性ならまだ残ってる。
明日見返して後悔するのか。
あ、明日の朝は見たい番組があるから起きなくてはならない。
1963年、5月10日の幕府の攘夷決行に従い、長州藩が諸外国の商船を砲撃した(下関事件)。また薩摩藩も昨年の生麦事件の報復として、英国艦隊と戦争になった(薩英戦争)。そして、八月十八日の政変で薩摩・会津を中心とした公武合体派が、三条実美ら急進派公家(七卿落ち)と長州などの尊王攘夷派を京都から追放した。さらに、中山忠光、吉村虎太郎らが大和五条の代官所を襲い(天誅組の変)、平野国臣らも但馬の生野代官所を襲った(生野の変).。
1864年、新撰組が、長州、土佐などの攘夷派を旅館池田屋で殺傷する事件が起きた(池田屋事件)。翌月、長州と一橋慶喜・会津・桑名などが争い、長州は久坂玄瑞ら尊攘派の有力指導者を失い(禁門の変)、さらに「朝敵」とされ、第一次長州征討が行われる。加えて、翌月には米英仏蘭による四国艦隊下関砲撃事件が勃発し、長州は国内外から攻撃を受ける。(ちなみにこれにより長州では、俗論派(幕府に恭順)が政権を掌握、その数ヶ月後に高杉晋作らが功山寺で挙兵し、俗論派を打倒。正義派(倒幕派)が政権を奪い返し、藩論を倒幕に統一。)
1865年、列強は兵庫沖に連合艦隊を送り圧力をかけ、朝廷から安政の五カ国条約の勅許を勝ち取る。
1866年、坂本龍馬、中岡慎太郎らの仲介で薩長連合(同盟)が成立。また、昨年の条約勅許により、幕府は改税約書に調印。そして、第二次長州征討が行われるが、長州は奇兵隊の創設、大村益次郎による軍事力強化などにより、幕府に抵抗し。将軍徳川家茂の死去を理由に戦闘は中止。
1867年、東海・畿内では、民衆が「ええじゃないか」と言いながら熱狂的に踊った。そして、10月14日、徳川慶喜が明治天皇に政権を返上し(大政奉還)、ついに12月9日、薩摩、長州などが朝廷に王政復古の大号令を出させ、260年以上続いた江戸幕府は滅亡し、新政府が樹立された。
近代になってくると、一つ一つの事件がかなり関連してるからややこしい。関連しなくても覚えづらい。(どっちだ)
ていうか長州藩は池田屋事件とか禁門の変とかで優秀な人材をかなり失ってるのになんでいつの間にか復活してるんだ。新政府では要職握りまくりだし。
あと、松下村塾って片田舎でエリートばかりを集めたわけでもなさそうだし、しかも短期間しか開かれてなかったのに後の明治政府の指導者とか何人も出してるし一体何なんだ。
松陰先生の教えがそれほどすごかったってことなのか。
あ、維新三傑の名前が…
覚えているうちにメモする。
法律の留保の学説
・侵害留保説…行政行為のうち、私人の自由と財産を侵害する行為のみ、法律の根拠を必要とする説。
・全部留保説…すべての行政行為に法律の根拠を必要とする説。
・社会留保説…行政行為のうち、侵害行為(規制行政)だけでなく、給付行政にも、法律の根拠を必要とする説。
ちなみに、法律の留保の範囲は判例で明言されていない。
あと「坂の上の雲」のDVDが見たい。最近日露戦争が少し気になる。
今まで使ってた教材の使用期限切れのため参考書を前使っていたものに戻した。期限があったなんて\(^o^)/
てことで、
行政の概念
①控除説…行政とは、立法・司法でない国家作用のこと。
三権のどれに属するか不明なものはすべて行政に含まれることになる。
批判:立憲君主制下の行政概念を引き継ぐものであって、日本憲法下では妥当ではない。
②積極説…行政とは、法のもとに法の規制を受けながら、現実具体的に国家目的の積極的実現を目指して行われる、全体として統一性をもった継続的な形成的国家活動のこと。
批判:行政に一種独特な性格規定を与えることによって、法律による行政の原理をあいまいにしてし
てしまう。