今はもう 遠い昔の事だが
初めて自分の子どもが生まれたとき
もっと特別な感情が起こると思ってた
が、しかし
『え?前からいましたけど?なにか?』
くらいな勢いでそこに存在していた。
『知らんとかあり得へんわ』
くらい、当たり前に(笑)。
二人に増えようが、当たり前に。
だから 私は 当たり前に
『子どもは親を選んで生まれてくる』説
を信じている
世間では “子どもは親を選べない”
と、言われているが
いやいや
選んでるやろ?
と、思う
孫にしてもそうだった。
『正真正銘 あなたの 孫 です』
と当たり前のようにそこにいる。
不思議だねぇ
宗教的にいうならば
『そこに生まれてきた理由がある』
『そこで積むべき 徳 がある』
それとおんなじようなもんか?
自分で自分の道を見出だせるようになるまでに
命を落としてしまう現実を突きつけられている
子ども達もたくさんあるが
運良く 気づいてもらえたり
親ではなかったが 親の代わりをしてくれた人に出逢えたり
どうしようもない病や事故に見舞われ
全く救われない人生で幕をおろす命もある
救ってくれた人がその子の全てになるから
どんなに悪い人であろうとその子にとっては全てになる
その世界しか知り得ていないから
『子どもが親にしてくれた』説
これも信じている
誰しも最初っから 親 だった人はいない
子ども が居たから 親 になれた
自分ではやったこともなかった事に興味を示し
自分では考えてもみなかった世界を見ている
不思議だねぇ
それでも 当たり前のようにそこに存在してるねんもん
『はい。ずっと前から居ますけど何か?』って
動物の世界では
自分の血を残したいから
自分の血入ってない子ども殺すよ
当たり前のように
それと全く一緒やんな、やってる事
わかっててやってるやんな?
人間が退化してるんやんな?
たぶんな
殺されてしまった子ども達
必死で 良い子 になろうとしてたと思うよ
それは お父さんに対してかもしれんし、
お母さんに対してかもしれん
「お父さん(お母さん)、僕(私)にこんなことしてくる人と一緒に居たいの?」
「ここで僕(私)がお父さん(お母さん)守らなきゃ」
って、あんな小さい体でできる限りの事やってたと思うよ
結果はもう運次第やったやろうな
今も生きてるか
死んでしまったか
病気や事故はまた別モノかな
それでも彼らも精一杯頑張ったし
家族も精一杯考えられる事やってくれたと思う
やりたいこともいっぱいあっただろうし
当たり前にあった存在が突然消えるのは
受け入れたくないし、受け入れられない
それでもそこに居てくれた事に感謝できる日も来るのだろうか?
そう思わないといけなくなる日が来るのだろうか?
受け入れたくない現実を
受け止めなければならないという現実
なんにせよ
そこに 『当たり前のように存在した存在』が
“いなくなる”って 受け入れたくないよな?
時が解決してくれるかもしれんけど
その“時”はあり得ないくらい永いかもしれん
短いかもしれん
そこだけは 感情 ってもんがある
人間だけの権利なんかな?
善くも悪くも