ブログの存在忘れてたけど、後から今を振り返って「あのとき何を思っていたのか」を記録しておこう。自分のために
とりあえず、家も家族も無事で、震災4日後に電気が復旧。今はガソリン不足、風呂入れない以外は日常生活に戻りつつある。
だがガス通ってないから灯油ストーブの灯油が無くなると暖が取れない&火を通す調理が出来ないから灯油超貴重。部屋めちゃ寒い。食べる以外はほとんど布団で寒さをしのぐ。でも避難所生活を思えば、布団に寝れる幸せ・・・
初めて自分の命の保証なんてないってことを改めて思い知らされる。
地震なんて全然怖くなかったのに、今までの地震にはない家のどこかがミシミシいう何ともいえない不気味な揺れに体がこわばる。
3.11 14時46分の地震で2階にいたけど、地震発生10秒後くらいに今までの地震とは違う「何か」に気付き外へ出る。庭には選択棒?やら上から何か落ちてくるかもしれないと思い、道路の真ん中へ移動。隣の家のブロック塀が壊れて地面に落ちる。近くの小学校から子供たちの悲鳴やら・・・
とりあえず、揺れ収まって家に戻るけどまた大きな大きな揺れ。余震の本当の恐ろしさに気付き始める。とにかく気が休まらない、終わりの見えない不安に苛まれる。とりあえず、地震発生直後は普通に電話メール通じる。友人と母と連絡とれる。停電のためテレビもラジオも聞けずまだ事の重大さに気付かない。
停電なんてすぐ直ると思って(本当考えがスイーツ・お花畑)携帯の充電を食うワンセグを見始める。まだ地震の恐ろしさには気付かず。
両親帰宅、外からの生の声を聞いて、真っ青になる。
次第に家の中が暗くなり、いつもの日常が消えたことを知る。懐中電灯2本の灯りで夕食をつくる。食べ物はよく見えないけどそこそこいいものにありつける。ごはん炊けない。「生きてる心地がしない」
夜は車でラジオを聴く。街灯もなにもないから星がきれい。月が三日月だったかな?月明かりもある。ラジオから隣町は津波で沿岸に300人の遺体が・・・と聴こえてきて背筋が凍る。ひっきりなしに安否情報。怖くなって知り合いに電話かけるも繋がらない。こんなに発信音の間ドキドキしたことないと思う
本当にこの時の気持ち言葉にできない。隣町の話を聞いて生死の分かれ目ってなんだろう?って思う。答えなんかないのに。
自分がその立場にあっても何らおかしくない。・・・こんなこと言葉にしちゃいけないのかもしれないな。家に戻り、寒さと本当の真っ暗闇に気持ちも暗くなる。でも案外冷静、やっぱりタフだ、私は。
とりあえず余震が大きいしヘリの音うるさいし寝れない。たぶんヘリの音が軽そうだから自衛隊とか救援物資関連じゃなく中継ヘリかな?マスコミめ・・・この後マスコミの報道にはうんざりさせられる。特にFテレ
3.12 これはまたあとで書こう。
ネットの情報って明るくなれる情報と暗くなるような情報の両方がとびかってるね。
ネットは自分で選んだ情報だけ見れる自由度の高い媒体なんだから、今は気持ちを明るくしてくれるものを見ようと思う。
あ、また余震だ!でも震度5以上じゃないともはや動じないかも。
強い気持ちを持たないと暗闇に引きずり込まれそう
今必要なのはポジティブシンキン!そしてお風呂はいらせて・・・

