みつはしちかこオフィシャルブログ「小さな恋のダイアリー」Powered by Ameba

 

朝、掃除機をかけるのが好きです。
ホコリというのは、毎日というか、掃除機をかける後から、平気で新しいホコリが降りてくるものなんですね。

音もなく姿もなく、でも掃除機をかけていると、はっきり目に見えてくるのです。スイーッスイーッと、ホコリが掃除機に吸い取られてゆく姿が。
一回目はパン屑など、ピチピチ吸いとっていく音が、これまた快感。
わが家の掃除機は音が大きいほうなんですが、吸引力はよいみたい。
ちょっとスイッチを切った時に、洗面所でウイーンウイーンと洗濯機の音がして、「お、洗濯機も真面目に働いてるな、掃除機もがんばるぞ」とまたスイッチを入れて、ガーガー働いています(働いているのは掃除機で、私はただホコリのあるほうへ歩いているだけなんですがね)。

妹は「お姉さんは床だけしつっこく掃除機をかけてきれいにしているけど、棚の上やソファや電気のカサなんか、全然掃除しないんだから」と言っています。ハイそうです。
そういえば、妹の娘(姪)もどなたかのお嫁さんも、床だけはしつっこく熱心に掃除しているとのこと。それを聞いて私は、なんだか仲間を得たようでうれしかったのです。きっと彼女たちも、あの微塵のホコリを吸いとっていく時の爽快感を知っているのでしょう。
 

 

“にぎにぎ”
右腕にそういう感触があって、見ると隣の赤ちゃんがお母さんから私の腕に乗り移ろうとしているところ。
赤ちゃんは、窓の外を見たいのだ。私の右腕をにぎにぎして、這い登ろうとしている。

お母さんがその様子に気づき、すばやく「スミマセン」と赤ちゃんを自分の胸に引き寄せる。「いーんですよ」と言おうとしたけど言えず、赤ちゃんに笑顔を送っただけ。

赤ちゃんはお母さんの胸にしっかり抱かれて、指をしゃぶって、私のほうを見つめている。その黒い瞳の、なんと可愛らしかったこと。
私は初夏の電車に乗ると、あのにぎにぎの感触をうれしく思い出す。
 

 

いま遊歩道のあちこちで、カラスノエンドウが咲いている。よく見ると、ほんとに可愛いピンクの蝶々型の花だ。

といっても葉っぱのほうが多くて、それにごく小さい花なので、目立たない。
でも私はこの花がとても好きで、見つけると幼馴染みと再会した思いで、ちょっとかがんであいさつをする。

でも私の好きなカラスノエンドウもハルジオンもタンポポもペンペン草もつゆ草もイヌフグリも、みんな雑草の仲間で、草むしりのときは引っこ抜かれてしまうんですよね。
草の花が大好きな元アシスタントのさいちゃんは、実家の農家で草刈りを手伝うときには、「ゴメンネー」と思いながら引っこ抜くそう。
草の花たちは毎年、春が来ると咲いているのだから、たいしたものです。

しかし、このごろ都会の草の花たちは居場所がなくなって、年々少なく、弱々しくなっている。
「また来年会おうね」といっても、駐車場やマンションになったりしていて、会えないことが多い。

でもこの間、これからマンションが建つという空地に、カラスノエンドウの花がいっぱい咲いていた。

柵から手を伸ばして4、5本抜き取ったけど、抜こうとするとかなり強い力で抵抗する。それに、てっぺんから伸びているヒゲ?がからまっていて、引きはなすのが大変だ。
(柵の外のでもいいのだけれど、犬のオシッコがかかっているかもしれないので)
なかなかちょうどいいというか、花が開いていて、つぼみもまだまだあって、葉が美しいのをと思うと、けっこう時間がかかるのだ。後ろを歩く人の目もあるし。

ま、ここは空地なんだから、そこに生えた草の花のお持ち帰りは自由なんだろうが、やっと5、6本抜いて持って帰った。

家には小さな花用の花びんがある。さっそく抜いてきたカラスノエンドウを挿して、トイレの狭い棚に飾った。
相変わらず花は小さくて、葉っぱが大きくて元気だ。

でも野の花というのは、野ではものすごくたくましいのに、家に持って帰って花びんに挿すと、急に元気がなくなる。カラスノエンドウのかれんな花も、3日くらいでしおれてしまったが、葉っぱはまだまだ元気だ。
やっぱり、野の花は野に咲くのが好きなんだろうな。