みつはしちかこオフィシャルブログ「小さな恋のダイアリー」Powered by Ameba

 

「令和」という名を考えたのは、万葉集研究の第一人者、中西進先生とか。ナント中西先生は、私の母校、武蔵丘高校の大先輩なのだ!
私は「令和を考えたのは中西先生で、私の卒業した高校の大先輩で、文化勲章も受章されたのよ」とアチコチで自慢して、低い鼻を高々とさせている。

武蔵丘高校の文化祭に、ここ2、3年顔を出している私。行くたびに、帰る時、なつかしい櫟林の隅にある、記念樹(中西先生が文化勲章を受章された時に植えた)を見に行く。

泰山木の木ということだが、今年もまだ小さい。枯れてはいないけど、背が伸びていない。背の高い櫟の木の下にあるから、陽が当たらないのだろうか。
本当は泰山木という名の通り、大きな木になって、白い大きな花を咲かせるのだけれど、中西先生がご存命のうちに花が咲いてほしい。

でも、あの木はずっと少年のままでいいのかもしれない。「少年よ大志を抱け」の少年のまま、武蔵丘の在校生たちに夢を与え続けてくれる記念樹として。
 

 

よく手紙のやりとりをしている岡山のももちゃんからまた手紙が来た。
ちょっとふくらんでいるので今回はずいぶん長い手紙だろうと思ったら、便箋の間に小さなビニール袋。塩?と見ると、白い塩の中に本物の桜の花がしょぼしょぼ埋まっていた。桜茶ですって。

湯呑みに入れて、熱湯を注いでみる。みるみるうちに桜の花が開いていって、小さな蕾たちがどんどん赤くなっていき、満開の花は淡いピンク色に、蕾はあざやかなピンク色に‥‥湯呑みの中の桜もよう。
そのうち、満開の花は白く透けてくる。蕾は淡いピンクへ。かきまわすと、お湯が薄桃色になっていく。

湯呑みの中のお花見を堪能した後、ゆっくり桜湯(茶とあったけど、湯のほうが適切)を飲む。塩に埋まっているからすごくしょっぱいと思ったら、ほのかにしょっぱいだけだった。
ちょっと油っぽいものを食べた後とか、食べすぎの時なぞ、この桜湯を飲むとすっきりしそ
 

 

玉川学園に住んでいた時、ご近所に大きな桜の木があった。花時になると、それは見事な花を咲かせていた。少し高台にあるので、下から仰ぐとよけい大きく見えた。空中がピンクの雲になったような、桜、桜。

その木が、ある日、根本から切られていた。あの桜の大木が無くなった。青空がポカンと口を開けていた。
この家の人も、きっと毎年、今年こそ桜の木を切ってしまおうと思いつつ、やっと思いきって切ったのだろうと思う。

ほんとに桜は、ただ仰いで見る人たちにとっては最高の見ものであったろうけど、住んでいる人たちにとっては、やっかいな大木なのだ。
桜の花が散る時の道路の掃除、葉桜になった時の落ちてくる毛虫、秋の落ち葉と、大きいだけに余計大変だと言っていたっけ。

特に春、花が散った後に雨が降ると、道に花びらがくっついて、掃除するのがとても大変だと嘆いていた。
そうだろうなあ、私はただお花見をするだけの、苦労知らずの通行人だったもの。

見ると、桜の木があった斜面の草むらに、淡いむらさきのすみれの花が咲いているのを見つけた。よく見ると、あちこちに咲いている。
このすみれ、毎年桜の木の下に咲いていたのだろうか? 知らなかった。