みつはしちかこオフィシャルブログ「小さな恋のダイアリー」Powered by Ameba


「一杯の 白湯がまだ欲し 花疲れ」

少し前までは、夕食後にはいつもほうじ茶の熱いのを飲んでいた。口の中がさっぱりする。
このごろはお茶ではなく白湯を飲む。倹約しているのではない。“白湯がこんなに美味しいとは”と、ありがたくいただいている。

ごはんを食べた後、茶碗にごはん粒が4、5粒ついているところへ、熱い湯を注ぐ。それだけ。フーッと吹いてちびりちびり飲む。なんか遠くのほうから甘さがやってくる。

子どものころ、白湯を飲んでいた覚えはあるけれど、美味しいとは全く思っていなかった。この歳になって、しみじみ白湯が美味しいのだ。
そう、年を経て子どものころは苦手だったものが、特別美味しくなっていることがある。たとえば葱。たとえば茗荷。たとえば蕗。……思えばいろいろ。

いただいた後に、ほのかに甘い味が残る。子どものころは、この甘味が分からなかった。大人になって、いや老人になってから、しみじみと白湯の甘味が分かるようになった。幸せなことかもしれない。

 

流しの下の戸棚の奥に、ブリキの「みそこし」がいる。
おばあちゃんが元気で、子どもたちがまだ子どもで、みんなでしっかり夕食を食べていたころ、毎日大活躍していたみそこし。
もうデコボコになっている。それほど長くひんぱんに使っていたのだろう。

今はひとり暮らしで、オタマにちょこっと味噌を入れてかきまわして味噌汁を作っている。だから全くみそこしなど使っていない。

何度か引っ越しして、大量に物を捨てた。肝心なもので捨ててしまったものもあるが、デコボコ歪んだ無用のみそこしは、ずっとついてきた。
私が捨てられなかったわけでもない。ただみそこしが私についてきただけ。無用なので、なかなか取り出せない戸棚の奥に置いてある、というか、みそこしがチャッカリそこが自分の居場所と落ち着いてしまったようだ。流しの下の戸棚の奥に、今日もみそこしがいる。

 

ここ5年ばかり、ずっと愛用しているマフラーがある。友達のお母さんが織りをなさっていて(時々展示会も開いているとか)、ある時、私にマフラーを織ってくださったのだ。

首が短いので、厚いマフラーは似合わない。アップアップしてしまう。このマフラーはかなり薄い。薄いけどふっくらしている。
赤い糸が主体だけど、他にオレンジやピンクや、よく見ると黒、緑、茶、おうど色、えんじ色、白、いろいろな糸がよく混ざり合って織られている。探してみたら、銀色の細い糸も入っていた。

巻きやすいし、色合いがどんな服にもマッチする。で、こればっかりしている。秋にも冬にも春にも使っている。私によく似合う。誰にでも似合いそう。
このマフラーを巻くと、外出する勇気が出る。よそ行きにも普段にも、ほとんどこのマフラーを巻いてゆく。

このマフラーを編んでくださった友だちのお母さんは、どんな人なんだろう? 会ったことはない、会わないだろう人だけど。なんだかだんだん親しくなっている。