らしさ探究のススメ! -197ページ目

日本人の思いやりが世界を救う!

先日の思いやりという話の続きになり
ます。

今のアジア諸国は日本人がいなかったら
発展してこなかったのではないかという
話を少ししたいと思います。

一つ目は、アジアではありませんが、
世界的に有名な日本人の方です。

1993年スティーヴン・スピルバーグ
監督作の『シンドラーのリスト』という
映画をご存知でしょうか?

第二次世界大戦時のナチス・ドイツに
よるユダヤ人の虐殺(ホロコースト)の中、
ドイツ人実業家オスカー・シンドラーが
1,100人以上ものユダヤ人の命を救った
実話を描いている映画です。

シンドラーは1,100人のユダヤ人の命を
救ったわけですが、1,100人を遥かに
超えるおよそ6,000人のユダヤ人の命
救った日本人がいます。

その人は、
【杉原千畝(すぎはらちうえ)】

第二次世界大戦の際、リトアニアの在
カウナス領事館に赴任していた杉原千畝は、
ユダヤ人難民が亡命できるよう大量のビザ
(Transit visa.通過査証、通過ビザとも)を
外務省の命令に反して発給しました。

自分自身の地位や名誉そして命
までも
投げ捨ててユダヤ人6,000人の
命を救った
のです。

Wikipedia/杉原千畝

これは命を救った実話ですが、国をも救った
日本人の思いやりはアジア各国に残ってい

ます。

【インドネシア独立】

最近、地震が頻繁に起こっている

インドネシアですが、

このインドネシアという国を独立へと

導いたのがインドネシア独立戦争に

参加した日本兵の皆さんです。

太平洋戦争のあと、インドネシア独立戦争
(1945年 - 1949年)が起こりました。

その当時、オランダにどうしても勝てな

かったインドネシアに加担して日本人が

一緒に戦い勝利を勝ち取ったといわれて

います。

問題はそのあとです。


一般的に戦争は相手国に勝つとその国を
占領下に置き、自国の統治下に置いていき
ます。

しかし、日本はそのようなことはせず、

このインドネシアという国を何とか

独立させようとインドネシアに留まり、

母国語(インドネシア語)の習得、日本の

稲作などの技術などを現地の

インドネシア住民に教え、独立へと

導いたのです。

その功績を称え、インドネシアでは、

独立記念日である8月15に日本兵の

姿をしたインドネシア人が、インドネシア

国旗と、日本国旗を掲げているのです。


Wikipedia/インドネシア


このようにここで紹介したのは2つの

話ですが、まだ台湾に駐在していた

日本人警察官の話しなどアジア各国

で日本人はアジア諸国の国々のことを

思い、発展の立役者となっているのです。


このような話を聞いて何かを感じましたで

しょうか?

アラフォー世代の人は大半小学校で

『ガラスのうさぎ』という広島原爆の映画を

体育館で鑑賞したことがあると思います。


しかし、今の小学校ではそのような戦争映画を

見せていません。


戦争は戦争で子どもたちに伝えて
いかなければならない大切なことです。

しかし、それと同時に、昔の人たち、つまり

我々の先祖の足跡を今の子どもたちに伝え、

日本人としての自信や誇りを育んでいく

べきではないでしょうか?


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