たとえばゆるい幸せが | The Cicadaのブログ

たとえばゆるい幸せが


中里です


受験疲れる!
やばい!
このカスが(春日)!


ひとつの試験を受ける度にだらっとしてしまう

そういうときに
自分をしゃっきりとさせてくれる曲無いかな
と 常々思っている

こういうときに深い歌詞の曲が染み渡る気がしてならない

迷い人とはこのようなことを言うんだろうか


迷いと言えばソラニンを思い出した

言っちゃ悪いけど映画化されるソラニンは
BANDAGEや実写版BECKの比じゃないと思う

見たい
1人で見たい

宮崎あおいに見とれたい

ってのは冗談で


バンドをやってる自分としてはあの映画を見なければならない気がする

バンドみたいな博打に興ずるのか
または世界の「普通」になってしまうのか

人は一寸先すらわからない

いつまばたきをするのか
いつ呼吸をするのか
いつ心臓が止まるのか
いつ世界が終わるのか

物事が大きければ大きいほど不可解になっていく

それが生きているということと密接に繋がっている

いや、生きているということそのものかも知れない

現実は小説より奇なり

よく言ったものだ


世界のアナザーストーリーとして
ここにソラニンの一節を刻もう



たとえばゆるい幸せが
だらっと続いたとする
きっと悪い種が芽を出して
もうさよならなんだ


おわり