J.StraussⅡ
Die Fledermause
「ところで、毎週金曜日の習い事って何?」
目の前の料理が4分の1ほどになる頃、京極さんが何気なく私に問いかける。
「料理教室とか?」
「…… ええまぁ」
私は咄嗟に上手い嘘が思いつかずあやふやな回答をしてしまう。
「料理かぁ。いい趣味だね」
「趣味というか…… あまりに何もできないので」
事実だからここは澱みなく言える。
「バカねえ、花嫁修業に決まってるでしょ!」
峰岸さんが当然だよねと言わんばかりに口を挟む。
「やっぱり通った方がいいんですか?」
やや天然の山際さんが自分の関心に合わせて質問する。
「私は…… できないので仕方なく」
早く話題を変えて欲しい時ほどその話題が続くものだ。周囲は私の困った顔に気付くことなく料理教室の話を続けた。
「男性としてはどうなんですか?」
宮下さんが話を深堀りする。
「うーん、別にどっちでも」
京極さんは関心なさそうに答える。
「スーパーに行けば惣菜とか色々あるし。お前どうしてる?」
京極さんが片平クンに話を振る。
「そうッスね。不自由はないッスね。結婚しても二人の間はそっちがムダないッスよ」
遼ちゃんと同じことを言う片平クン。彼も若い頃はこんな感じだったのだろうか?
「手料理ってどうなの? 最近の男子にとって」
峰岸さんは若者の生態を知りたがる。
「正直、面倒ッスよ。なんか、ありがた迷惑というか」
片平クンの正直な感想を押し止めて、京極さんはフォローに回る。
「お前はバカだろ! 料理習ってる中澤さんの前で」
「ホントだよ、アハハハ、そこが片平らしいけど」
峰岸さんは口ほどには片平クンを責めてない。彼には甘い。
「すっ、すいません! ホントはムチャうれしいッス」
彼がピエロ役になってまたみんなを笑わせた。彼のような存在は組織に必要不可欠だ。
「もう、ホント…… 料理の話はやめましょ、ねっ」
ようやく金曜日の習い事はウヤムヤになった。
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ここでは職場メンバーによる飲み会を思い出しながら描きました。昭和世代には懐かしい飲み会ですね。特に気楽なメンバーだけの気楽な飲み会、あ~、あの頃は良かった(笑)
料理を習う=花嫁修業、というステレオタイプな反応も今や化石? 発言者のセンスを疑うレベルですよね。お料理教室は男性諸君で大盛況。時代の変化をもっと敏感に取り入れるべきでした。この会話は時代的に錯誤です。
むしろ、お料理教室? と勘違いした峰岸に、あっ、ボク通ってますよ、と24歳の片平に語らせ、佳矢さんは? と話を振ると、実はボクシング、とボケた方が良かったかもしれませんが、金曜日の習い事なんて嘘ですから、そこまで込み入ったストーリーにはしませんでした。
この物語の世界はおよそ10年前です。その頃と比べれば、職場の人間関係は急激に希薄になった気がします。今は、立ち入らない、それがスタンダードだろうと思います。
立ち入らないから知らないまま。職場の人間はそれぞれ割り当てられた特定のパートを受け持つ人ってだけの存在。その人の全体像がどうであるか、かかわりもないし、関心もない。そんな感じでしょうか?
その方が楽なことも多い。知るということは煩わしいことも多い。知らない方が良かった、ということだってあります。
仕事を切れ切れに分割すれば、すべての業務は在宅でできるかもしれない。わざわざ時間をかけて同じオフィスに集合する必要もない。時間や空間に制約される無駄を徹底的に排除すれば……
それは近未来の物語で描くことにします。ここではまだ濃密な関係性が残ったままの時代を懐かしみながらお読みください。