W.Mozart
Die Zauberflote
「明日さ、泊まりに行ってもいい?」
「私は構わないけど。でも月曜日から大丈夫なの? 結花は」
話ながら週末より平日の方がいいと咄嗟に気がついた。
「いいよ、おいでよ。結花さえよきゃ」
「会って鬱憤を晴らしたい!」
「なんだか荒れそうだね」
「荒れるよ、もう、絶対に荒れる」
「うわっ、なんかマジっぽい」
「マジだよ、マジで荒れる」
「ねぇ、どうしたの? 何があったの?」
「…… 会いに来ないって言うんだよ」
「結城クン?」
それ以上聞くのが怖くなった。私たちの現実を目の前に晒されるようで怖かった。
「その言い訳が腹立たしいんだよ。アイツ、なんて言ったと思う?」
「…… わからないよ」
「週末は彼女のところに会いに行くから無理だ、ってさ」
「…… うん」
「だから平日に来やすいようにこっちに越したんだよって言ったわけ」
「…… うん」
「そしたらさ、平日は仕事だから行けないっていうんだよ、どう思う?」
「…… うん」
「それならさ、最初から言えっていうんだよ、ったく。こっちが引っ越しでどんだけ金使ったと思ってんだよ」
「…… うん」
「板橋にいた方が都合が良かったのに、だって。ふざけてるよ、アイツ!」
「…… うん」
「板橋にいたって、週末は彼女と一緒じゃないの?って聞いたらさ、あいつヌケヌケと言うんだ」
「…… なんて」
「夜だけなら会えるのに」
「…… 」
「小僧にさ、そこまで言われてセックスなんかできるか!」
「…… 」
彼女は泣いていた。あの結花が泣いている。理不尽に耐えきれず、この上ない辱めを受けたことに泣いている。34歳の女の気持ちを、これっぽっちもわかっていない23歳のオスに、なす術もなく泣いている。
「佳矢…… 私もうイヤだ…… 疲れたよ…… もうヤダ」
とうとう大声で泣き始めてしまった。
なぜ女は男を求めるのだろう。こんな目に遭って、理不尽という言葉以外に何も見つからず、だけど、これを聞いた普通の大人は、11歳も年下じゃあね、などと簡単に言い放ち、その言葉はきっと私には、既婚者が相手じゃね、という尖った言葉に変わり、彼女や私の心臓を抉る。
なぜ求めてしまうのだろう。セックスなんかしなくてもいい。欲しけりゃ昔の彼に頭を下げてやってもらえばいいだけじゃないか、そんなことまで考えた。
「結花、あしたおいで。しばらく、私の家から板橋に通えばいいよ。一緒に通勤しよ、ねっ」
「佳矢…… 佳矢ぁ~~~~~」
一層大声で泣き始めた。
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