ブログネタ:運命は決められたもの? 自分で切り開くもの?
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言葉っていうのは、ある状態について人が後から表現しやすいように付けたものだから、『運命』って言葉の定義からすると決められたものなのか切り開くものなのかは不明
これから起こる未来のことは誰にも判らないから、起きてしまったことに『運命』って言い訳にしてること多いと思う。
仕方がなかったとか諦めるため
に『運命』は決められたものと思って使う気がする。
でも、起こってしまったことって、結局自分がしてきたことの結果
だと思う。
と、すれば自分が切り開いた結果(行動)が、起こるべくして起こしてる『運命』ではないのかしら?
自ら進んで切り開くと思うと、言い訳にできなから決められてものってことにしておいた方が楽なのかなぁ。
最近、聞いて印象に残った言葉があります。
(運命とは関係ないけど・・・)
『天才というのは夢を現実にするための努力の方法を知っていること』
だそうです。
この言葉、そのとおりだと思いました。
望みをかなえるためにはやっぱり努力が必要で、どんな人でもその方法を間違えていたらかなわないと思う。
人と同じ夢でも、その人によってかなえる努力方法は違うことを知り、自分に必要な努力方法を知り、夢をかなえられるから天才に見えるんだと思う。
天才に見える人と同じ努力をすれば、自分も同じように夢をかなえることができると思ってるようじゃ天才には見えないんだろうな。