岡山の田舎・笠岡で生まれ育ちました
はじめまして、「チビデブス」と申します。
なぜ、「チビデブス」と名前を決めたかと言いますと、中学生の際にみんなから呼ばれたあだ名だからです。
小学生では背も高く、運動神経も良くて足が速かった。
ただ、中学生では成長が遅く、背の順では前から数えて3番目。
50m走は8秒6。
体脂肪率が23%とデブではないはずなのに、デブと認識されてしまった。
これが僕をここまで成長させるきっかけになるとは思いもしませんでした、、、
1992年11月、岡山県玉島市に未熟児として生まれました。4歳の頃から27歳まで、芸人「千鳥」の故郷の本土側にあたる笠岡で育ちます。
どのくらい田舎かというと、僕が中学生の頃まで下級生のクラスは1クラスのみ。2023年あたりでようやく2クラスになったと噂を聞くほどの場所です。「最後の2クラス世代」と呼ばれる、まさにギリギリのところで育ちました。
高校は地元で「一番頭が悪い」と言われていた笠岡工業高校に、自己推薦で進学。筆記試験なしの面接一本でしたが、その面接で僕はこう答えています。
「ロボットに興味があるので、ロボコンになりたいです」
ロボコンが「ロボットコンテスト」という大会の略だと気づいたのは、面接が終わった後でした。
失敗と勘違いだらけの社会人スタート
高校卒業前の就職試験、一社目に選んだのは「1人は必ず受かる」と言われていたJR。絶対受かると変な自信で挑みましたが、筆記試験の回答方法を間違えて不合格。
二次募集で受けた山九(さんきゅう)という運送・技術の世界的企業で、なんとか採用が決まりました。この時の面接でも、僕は伝説を残します。
「なぜうちを選んだのですか?」 「数ある二次募集の中でピンッと記憶に残った会社でございました」
日本語、おかしいですよね(笑)
丁寧に丁寧に話そうとして、馬鹿なりに必死だったんだと思います。今思えば、もっと国語を勉強して、本を読んでおけばよかった。それでも、こんな僕を拾ってくれた会社があったから、社会人生活が始まりました。
27歳、東北へ。起業、そして3ヶ月のニート生活
27歳になったばかりの頃、僕は東北へ行くことになります。そこである人物の「鞄持ち」を経験。
28歳で会社を設立しました。事業は昆虫食と鮎の塩焼きという、なかなかニッチな領域。しかし29歳の6月、会社を譲渡することに。
東北・関東から地元に戻ったのが同年4月。そこから3ヶ月間、僕は実家の囲炉裏のある部屋に閉じこもり、完全なニート生活を送りました。
何者かになろうとして、結局何者にもなれなかった。あの3ヶ月間の囲炉裏部屋の天井を、僕は今でも覚えています。
小豆島での出会いが、人生を動かし始めた
2022年7月、香川県の会社に就職。ところが勤務先のホテルのオーナーが代わることになり、小豆島のホテルへ。
ここから僕の人生は少しずつ変わり始めます。
そして2025年12月、福岡へ移住しました。
このブログでは、勉強もできない、面接もぐちゃぐちゃ、起業しても続かない、ニートにもなる——そんな僕がそれでも前に進んできた記録を、包み隠さず書いていきます。
「自分には何もない」「田舎から出る勇気がない」「失敗が怖い」——そう感じている方に、少しでも何かを届けられたら嬉しいです。
ロボコンになりたかった男の、まだ続いている物語にお付き合いください。