子どもの頃、神社やお寺の門の敷居は、踏まないで跨ぐよう言われました。

縁起が悪いから、という理由でした。

家の中の敷居も踏まないように言われていました。

こちらは、お行儀が悪いから、
とのことでした。



聖書のエゼキエル書に、神殿の敷居に関する記述があります。



エゼキエルは預言者でした。
預言者とは、神さまからの言葉を預かって人々に伝える役目を担った人です。


ちなみに「エゼキエル」は
「神に強められる」という意味だそうです。



紀元前586年、エルサレムは、バビロンによって滅亡します。

エゼキエルは、それより前の紀元前593年に、既に捕囚としてバビロンに移住させられ、ともに捕囚となったイスラエルの民の中で預言をしていました。


ある日彼は、神さまによって、やがて滅亡するエルサレムの幻を見せられます。


当時のイスラエルの民は、偶像礼拝の罪を犯し、堕落してしまっていました。
(エゼキエル書2~8章に神さまの怒りが書かれています。)


神さまは激しく怒っておられ、
エルサレムに裁きのみ使いを送り、

前もって額に印をつけられた者以外を撃ちます。

そして遂には、神さま自身が神殿から立ち去ろうとしています。


詳しくは
読んでみてください。



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ここにイスラエルの神の栄光がその座しているケルビムから立ちあがって、宮の敷居(①)にまで至った。

エゼキエル書 9:3 JA1955
https://bible.com/bible/81/ezk.9.3.JA1955




ソロモン神殿の中の一番奥にある至聖所には、契約の箱が置かれていました。


契約の箱の
贖いの蓋には2体のケルビムが据えられ、神さまはその間におられました。


契約の箱と贖いの蓋については
こちらをご覧下さい。




 契約の箱が造られたのは、紀元前1400年頃です。



神さまは、それより前の紀元前2100年頃、イスラエル民族の先祖アブラハム(当時はまだアブラム)と約束をしました。



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時に主はアブラムに言われた、「あなたは国を出て、親族に別れ、父の家を離れ、わたしが示す地に行きなさい。 

わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大きくしよう。

あなたは祝福の基となるであろう。 

あなたを祝福する者をわたしは祝福し、あなたをのろう者をわたしはのろう。

地のすべてのやからは、あなたによって祝福される」。


創世記 12:1‭-‬3 JA1955
https://bible.com/bible/81/gen.12.1-3.JA1955




アブラハムの子孫を増やし、カナンの地を与え祝福する、やがてその祝福は、全ての民族に広がるという約束でした。

それからずっと長い間、神さまは時には厳しい裁きを下しながら、民を守り、共に歩み続けて来ました。

神さまはイスラエルの民を、とても愛しているのです。




その神さまが、贖いの蓋を離れ、至聖所を出て、既に宮の敷居まで出てきていました。


ソロモンが建てたエルサレム神殿の見取り図

                    日本聖書協会『バイブルアトラス』より

現在のエルサレムの航空写真

                     日本聖書協会『バイブルアトラス』より

神さまが立ち止まった場所に番号をつけてみました。

上の図の「近衛兵の(背後の)門?」が、
「主の宮の東の門の入り口」③に当たるのではないかと思われます。



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主の栄光はケルビムの上から宮の敷居の上(②)にあがり、宮は雲で満ち、庭は主の栄光の輝きで満たされた。


エゼキエル書 10:4 JA1955
https://bible.com/bible/81/ezk.10.4.JA1955



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時に主の栄光が宮の敷居から出て行って、ケルビムの上に立った。

 するとケルビムは翼をあげて、わたしの目の前で、地からのぼった。


その出て行く時、輪もまたこれと共にあり、主の宮の東の門の入口の所(③)へ行って止まった。

イスラエルの神の栄光がその上にあった。


エゼキエル書 10:18‭-‬19 JA1955
https://bible.com/bible/81/ezk.10.18-19.JA1955




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時にケルビムはその翼をあげた。

輪がそのかたわらにあり、イスラエルの神の栄光がその上にあった。 

主の栄光が町の中からのぼって、町の東にある山の上(④)に立ちどまった。


エゼキエル書 11:22‭-‬23 JA1955
https://bible.com/bible/81/ezk.11.22-23.JA1955





贖いの蓋の上におられた神さまは、
まず宮の敷居で立ち止まり、
東の門の入り口で立ち止まり、
最後には、町の東のオリーブ山でも立ち止まりました。


神さまがどれほどイスラエルの民を愛しているか、思い知らされる場面です。


どんなに辛く、離れたくなかったか、1度は背を向けて離れてはみるけれども、やはり去るのは嫌で、立ち止まっては振り返り、また離れてはみるけれども、やはり立ち止まって振り返ってしまう……。






それと同時に、神さまは聖なる存在なので、少しの罪も許しません。

ケルビムは裁きのみ使いです。
(その様子がエゼキエル書1章に書かれています)

神殿を後にしながら、額に印のない者たちには、裁きが下されています。





宮の敷居、東の門の入り口、そしてオリーブ山は、

神さまが、人間へのはかりしれない愛ゆえに立ち止まった、聖なる場所だったのです。






時間に支配されずにこれらの場所を見てゆくと、それぞれがとても重要な場所になっています。


ソロモン神殿の見取り図の中で、至聖所に、「岩」と書かれています。

ここはモリヤ山で、かつてアブラハムが息子のイサクをささげようとした場所と言われています。

神さまはイサクの代わりに雄羊を備えられました。それはキリストの十字架の型でした。

ソロモン王の父ダビデは、イスラエルの民のために、その重要な場所を買い取っています。




「東の門」は、イエスが子ロバに乗ってエルサレムへ入城した場所です。

神殿の原型である幕屋には、東側に入り口が1つしかなく、そこを通らなければ神に会うことはできませんでした。


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イエスは彼に言われた、「わたしは道であり、真理であり、命である。だれでもわたしによらないでは、父のみもとに行くことはできない。

ヨハネによる福音書 14:6 JA1955
https://bible.com/bible/81/jhn.14.6.JA1955

ヨハネによる福音書10章7節では、イエスが、

「わたしは、羊の門です。」

10章9節では、

「わたしは門です。だれでもわたしを通ってはいるなら、救われます」

と言っています。

また、レビ記によると、幕屋の時代、

会見の天幕(幕屋)の東の入り口は、いけにえを連れて来て、そこでいけにえの頭に手を置き、自分の罪をいけにえに移す場所でした。



神殿の東側の山、オリーブ山は、やがて地上に再臨するイエス・キリストの足が置かれる場所です。



神さまは時間に支配されない存在なので、いろいろな思いがめぐったに違いありません。







ふと、愛という漢字の成り立ちを調べてみて、非常に驚きました。




                                                 (OK辞典より)

これについては、次回詳しくお話したいと思いますが、

聖書のエゼキエル書にある、神さまの愛に関する記述が、「愛」という漢字を形づくっているかもしれないこと、

敷居を踏まない、という習慣が、形式だけになっているとはいえ、東の地の果て、日本にまで伝わって、浸透していることには、大きな驚きと深い感動を覚えます。