香港にお越しくださって、ありがとうございます。

怠ける豚でございます。

 

上環の取材は一段落がつきましたが、写真の編集は少し時間がかかるので、

今回も前回と同じ、他のネタをご紹介します。

 

今回はこの広東語映画、「淪落人」のご紹介です。

「淪落」の読み方は「ろんろく」で、日本語の「りんらく」とはちょっと違いますが、

両方の意味も落ちぶれる人のことです。

 

 

あらすじ(最低限のネタバレ)

建築現場で働いていた男主人公チョンエン(アソンニー.ウォン演)が事故に遭って、半身不随になりました。

あの日、新しいお手伝いさん、女主人公エブリン(Crisel Consunji 演)との出会い、互いの人生に影響を与えた。

英語をほとんど話せないチョンエン、一方、英語とフィリピン語しか話せないエブリン、

チョンエンは自分の需要をうまくエブリンに伝えるために、英語を学び始めたのに対して、

エブリンはお金を必要として、仕事を保つために、広東語を学び始めたという反対する立場を持っている。

エブリンはあえてチョンエンに広東語を教えてもらうように求めます。

これがストーリーの始まり。

 

この映画に心に響くところは以下の3つあります

 

「夢」

まず香港の「お手伝いさん」はインドネシアか、フィリピンから来てメイドや家政婦として働く女性を指すこと。

このような女性を見下す人はかなり多くて、失礼の言葉で蔑称することも多いです。

最初にチョンエンもこのようなことを言った:

「お前なんて”ばんむい”の癖に、夢を持つことなんて」と失笑しながら言った。

この”ばんむい”は広東語でフィリピン女性に対する蔑称の一つ、差別を意味するので、

使用することは避けてほしいものです。

私も考えたことはありませんが、お手伝いさんも夢をもっていることを。

お手伝いさんたちが香港で働く理由はお金を稼いでその国にいる家族に生活費を送るしかないと思いましたが、

実際に大卒資格を持つ人も多ければ、夢を持つことも普通のことでしょうか。

チョンエンは半身不随のことで自分に一縷の希望さえも残らない思ったものの、

エブリンの夢を見ると、自分もなにかできると気づいた。

ついに‥‥‥ ネタバレはよくないですね。

 

「家族よりも親しい」

半身不随ゆえに、元妻が息子を連れて再婚し、

妹にも憎まれているチョンエンのそばに、

かつて自分の世話になった輝(サム.リー演)とエブリンだけ残ります。

この言葉は輝がチョンエンのことを見たら、エブリンに言ったものです。

血のつながりがあるからといって、自分のすべてを受け入れるとは限らず、

逆に他人のほうがずっと自分を支えてくれている。

血縁関係の意味は、この時代では色褪せているのではないかと思います。

 

「広東語」

エブリンは広東語の汚い言葉まで使えて、それを聞いて皆も大笑いをしました。

面白かったのは、私の隣に座っていた二人のお手伝いさんも笑いました。

彼女たちはまさに現実のエブリンで、私達の言語を理解できると思いました。

エブリンが言ったのは、広東語の「ありがとう」の派生語です。

広東語の「ありがとう」は金魚街編でもご紹介したが、実はもう一つの言い方はあります。

それは「多謝」(どうじぇー)だと言いまして、ほとんどの場合は他人から「もの」をもらう時に使います。

エブリンは「多撚謝」(どうなんじぇー)を言いました。

意味は「こんなもんに、ありがとうを言うものか」のように、「ありがとう」をすっかりと否定することです。

そもそも「撚」(なん)は男の性器を指して、他の語に挟まれると、否定の意味もなれば、強調する意味もなれます。

よく耳にするのは「撚様」(なんよん)です。意味は文字通りに「男の性器みたいな顔立ち」です。

これは男性限定の言葉なので、女性の場合は別の言葉があります。

広東語は消えていくものだと言われている。

皆さんは日本語を使ったり話したりする外国人にはどいうふうに考えられるのでしょうか。

私は広東語力を身につけた外国の方々に、感謝の気持ちを持っております。

それは私達の文化を認めてくれることだと考えます。

 

もしこの映画が日本に公開すれば、是非ご鑑賞ください。

香港映画の応援をよろしくお願いいたします。

 

香港にお越しくださって、ありがとうございます。

次回は上環の続編になりますので、ご期待ください。