2008年2月26日
妹から、2日前に励ましたメールの返信がきました

『ありがとう

治ったら、一緒にショッピング行こっ

今、雑誌CanCam切り抜いて妄想ショッピングにハマってて

娘がね、微妙にハイハイしだしたよ

いつか抱っこしてあげてね

』
『歩けない時期なんて、ほんの一瞬…

ハイハイ姿なんてあっという間に見れなくなるんだから、そんな時期は、長い方がいいな

ところで…仕事はどう?
忙しい?』
1月末から腹水が溜まりすぎて苦しいと言っていた妹の腹囲はついに105cm。
私が娘を妊娠中、最高腹囲が89cm。それでも、立ったり座ったりも、フーフー言ってたのに…。胃や横隔膜は押し上げられて、内臓は圧迫されて、何するにしても苦しかった。
電話で話す妹の声は、ハァー…ハァー…と息を吐き出しながら、か細い声がかろうじて出ていました。
本当は、いっぱい話したい事あったのに、話すのも苦しい程辛そうにする妹との会話は、メールが主になっていました…。
その返事も、翌日だったり、翌々日だったり…。
メールを打つ気力も指の力も次第に奪われ初めていました。
そんな妹から届くメールやわずかな電話では、それとなく、
『お姉ちゃん、会いに帰ってきて…』
そう、言わなくても、言っているような気持ちが、ひしひしと伝わってきていました。
どんなに帰りたくても、実家は雪深く、なかなか交通手段が見つからない上に、連休が取れず、帰れずに、毎日もどかしく過ごしていました。
気持ちは焦り、日にちだけが過ぎていく…。
仕事中、心配するあまり、涙が溢れて止まらず、幾度と会社のトイレで泣いたことか…。
『神様お願い、妹の生きる力を奪わないで…』
そう必死に祈りながら…。妹の明日を信じながら…。