赤瀬川原平さんの名前は聞いたことがありますでしょうか?
トマソンや老人力の言葉を世に送った方です。
私の生まれる前には過激な芸術家として裁判沙汰にもなっています。
とにかく著書をお読みになればその面白さが伝わると思います。
是非とも立読みや古本でも構わないのでお読みになって下さい。
さて、急に赤瀬川さんの話を出した理由があります。
明日から、千葉市立博物館で赤瀬川さんの展覧会が開催されます。
房総の仏像展が開催された美術館です。
千葉寺の御開帳と共に行こうかと思っています。
ここまで、下書きを1カ月前に書いていました。
ところが赤瀬川さんが日曜日に亡くなってしまいました。
美術家、芥川賞作家で、「老人力」などユニークな発想で知られた赤瀬川原平(あかせがわ・げんぺい、本名・克彦=かつひこ)さんが26日午前6時33分、敗血症で死去した。77歳。
告別式は近親者で行う。喪主は妻、尚子(なおこ)さん。兄は直木賞作家の隼(しゅん)さん。
横浜市に生まれ、大分市などで育った。1950年代から読売アンデパンダン展に出品。63年には、高松次郎さん、中西夏之さんと芸術集団「ハイレッド・センター」を結成した。前衛的な活動の中で、千円札を題材にしたことが通貨模造にあたるとされ、裁判で「芸術か犯罪か」が問われた末に有罪となった。
他方で社会風刺的なイラストなどを発表。尾辻克彦の筆名で小説も書き始め、81年に「父が消えた」で芥川賞。斬新な発想を悠然とつづるエッセーでも親しまれ、98年の「老人力」は物忘れ、繰り言など加齢に伴う現象を肯定的にとらえ、ベストセラーに。2000年には読売新聞に小説「ゼロ発信」を連載した。
身近な路上に着目した活動も多く、用途不明の建物などを「トマソン」と名づけ、友人らと「路上観察学会」を設立。カメラ収集にも凝り、写真家らとの「ライカ同盟」ではスナップを撮り続けた。ほかの著書に「外骨という人がいた!」「新解さんの謎」など。
このところ体調を崩し、療養中だった。千葉市の同市美術館から全国巡回する回顧展「赤瀬川原平の芸術原論展」の開幕を28日に控えていた。
とても残念です。
展覧会のHPは
http://www.ccma-net.jp/exhibition_end/2014/1028/1028.html