わら天神を出て、東へ向かいました。
平野神社の脇をすり抜けて、北野天満宮の脇もすり抜けて向かった先は千本釈迦堂です。
正式には大報恩寺です。
京都市内で仏像があるお寺としては5本の指に入る気がしますが、いつも空いています。
六観音や十大弟子がこんなに全員集合しているお寺はありません。
この日は月曜日でしたので参拝客は数人でした。
受付で拝観をお願いして京都十三仏の御朱印帳を預けました。
京都最古の国宝建築物である本堂に入ってお参りをすると柱に槍のあとがありました。
京都は幕末まで何度も戦いがあった地であることを物語っています。
奥に行くと様々なおかめ像が奉納されていました。
本堂建築に際し棟梁の妻のおかめの悲しい物語があります。
その物語からこのお寺にたくさんのおかめが奉納されているようです。
(画像自主規制)
中にはこんなものが・・・・
誰が奉納したのだか・・・
霊宝館に行くと右側に六観音様が並んでいます。
仏像の入門書には必ず出てくる観音様です。
快慶の弟子、定慶作です。
ここに来るだけで観音様はあらゆるお姿に変化して衆生を救われるということが一目でわかります。
本来なら快慶が製作するのをいつも下働きで頑張っている弟子の定慶に花を持たせるために譲ったと言われています。
その代わりに快慶は反対側にいらっしゃる十大弟子の製作をしています。
十大弟子の方が制約が少ないのでかえって難しい気がします。
同じようなスタイルなのでそれぞれに個性を出させるのは大変だと思います。
なので作者が自由に発想する部分が多いのではないでしょうか?
快慶の優しさが伝説として言われていますが、十大弟子の方が難しいので六観音を定慶に任せたのではないかと私は疑っています。
帰りに受付で京都十三仏の御朱印を受け取りました。
この時点で十三仏は結願まであと2箇所になりました。