除染、そろそろ始まります。


今年になって

「自宅の除染しますか?」

のアンケートがきて、返送しました。


ようやく昨日、業者の方がきました。

「今月中に測量に来ます」

とのこと


まず、土地の測量して

次に放射線量を測定して

その後で、除染


なる。らしい・・・


とりあえず、秋ごろになるそうなんだけど

どうなるかね??


近所の公園では、除染が終わったみたいで回覧板で、結果が回ってきました


公園といっても、住宅地にある、ブランコや鉄棒があるくらいのさびれた、小規模の公園です

遊んでる人いるのかな??と。


除染をすると、数値は下がります

高さ50CMで

0.92が0.24くらいに減ってるみたいです。


さてさて、我が家はどのくらい減るんでしょうか。


気になるところです。

8月。毎年お盆近くになると見れる流星群。

今年は、月明かりもなく、好条件ということで、夜中の3時がピークというのに、10時ころ外に出てみました。


私は、星空を見上げるのが好きなんですが、自宅で流れ星を見たことが1度しかなくて。

流星群のときに外に出るんですけど、街灯や月明かりで肉眼で見れたことがなかったんです。


今回、外にでて、待つこと数分・・・


でっかい流れ星発見!!


「うわー!!」

と、感動し、家の中にいた母を呼びだしました。


見れるか、見れないかわからなかったけど、とにかく

「見れるかもしれないから、出ておいで」

と。


待つこと数分

「うわー!!」


母感激。

この土地に住んで、既に30数年・・・

今まで見たことがなかった流れ星をみました。


それから、1時間もしない間に4個。

夜中に起きて4個


そして、次の日も見ることができました。


条件の良い場所なら、もっといっぱい見ることができたんでしょうけど。


流れ星は、あっという間で

星に願をかけることなんてなかなかできなかった。


この地に生まれ

この地に育って


「これからも、ここにいたいなー」

っていう願いは、長すぎて言いきれませんね


日課の散歩中
ふと、小学校の出来事を思い出しました。
私が低学年のときの、給食の時のお昼の放送のことです。

当時、50代後半の女性の先生が、戦争の話しをしてくださいまし
た。
話を鮮明には覚えていないのですが、戦争の悲惨さを語ってくれた
のです。
泣きながら、いつもは、おっかない先生が。
泣きながら。
「今でも覚えている」と。
私が唯一覚えているのは
「防空壕に逃げて助かったけど、お友達は、目の前で死んだ」

わたしたちが、生きている今は
「生き残った人たちが、必死になって繋いでくれた未来」
の上にある。
そんなことを、思いました。

小学校の裏手には山があり、防空壕もありました。
防空壕は、洞穴みたいな感じで、人が使うことはないから、雑草が
すごくて(私が小学生当時)
今はたぶん、許可なく山には入れないと思うのだけど

先生が、授業かなにかで何回か山に登らせてくれて。
山の上からは、町内を隅々まで見下ろすことができました。
この町並みが、きっと、戦争中は、悲惨な状態だったのでしょうね


今、平和であることは
沢山の犠牲があったから
戦争中に生きた人は
再び、その時のようには、なってほしくないって
きっと、思ってるんだろうな・・・