☆壺屋焼の種類と窯の変化☆
*壺屋焼の種類*
・荒焼(あらやち)・
釉薬をかけずに約1120度で焼き上げた焼物を荒焼と言う。装飾はほとんど、施されずに陶土の風合いをそのまんま活かしている。
見た通り見た目の荒さが特徴で、南蛮焼とも言われ、酒甕や水甕、壺など大型の容器を中心に作られている。

「荒焼」 「南蛮焼」
・上焼(じょうやち)・
赤土の上に白土で化粧掛けをしたり、釉薬(ゆうやく)をかけた焼物を上焼という。約1200度で焼き上げ、釉薬には水漏れを防いだり汚れをつきにくくする効果もあるため、上焼は食器や酒器、花器など日用品が多い。透明釉や呉須(ごす)※など様々な色に発色する釉薬があり、焼き方によって色が変化するのも面白さの1つである。
※呉須とは、古くから染付などの磁器に使われている青色の顔料のこと。

「上焼」
・窯の変化・
戦後一早く復興した壺屋はやちむんのまちから中心市街地に発展した。しかし、人口が増えた壺屋では1960年後半から登り窯による煙害が指摘されるようになり、陶工達はガス窯への転換を余儀なくされ、登り窯にこだわりを持つ一部の陶工は壺屋から読谷村へと工房を移して登り窯を築窯し、現在も絶やさず火を焚き続けている。
![工業炉について [ガス窯] | シンリュウ株式会社](https://msp.c.yimg.jp/images/v2/FUTi93tXq405grZVGgDqG4usH2UDL95-PJOzlABy2wxWhyqPCWWP55lbYHYlMKR1YVDGCjy8bIy1vW_ghcg0S3dF0YL0tXZFM7E6dcgzACzCDwgy2P6wz7aOM9yL12K0ygXA05oU0gEG5oj7iAHOldjMYrIDgRuGrI3SuxcKqsx-sdbuzxN4RY9bUJfTnpyt/photo-01.jpg?errorImage=false)
「登り窯」
*やちむんが生まれる場所*
主に壺屋や読谷村で作られる壺屋焼以外にも県内各地でやちむんは作られていた。その中には現在も伝統を守り作られている焼き物もある。
・沖縄本島北部・

「沖縄本島北部」
名護市古我知(こがち)の集落に窯があった「古我知焼」は飴釉や黒釉を用いた施釉陶器が多く見られる。1800年代から途絶えていたが、1974年に復興している。また、大宜味村根謝銘城(おおぎみそんねじゃなぐすく)の近くには「作場焼」の窯跡があったと言われている。

「古我知焼」
・沖縄本島中部・

「沖縄本島中部」
「喜名焼」は読谷村喜名に窯があり、泥釉やマンガン釉をかけた陶器が出土している。沖縄市の「知花焼」は「喜名焼」は似ている点が多いので区別するのが難しいと言われている。

「喜名焼」

「知花焼」
・那覇・
現在の県庁所在地周辺には湧田焼の窯があり、1616年に薩摩から招聘した朝鮮人陶工が指導した場所とされていて、その後、壺屋への統合が行われ「壺屋焼」が誕生した。
「壺屋焼」
・八重山諸島・

「八重山諸島」
「八重山焼」は1724年に仲村渠致元(なかんだかりちげん)が国王の命を受けて八重山に陶器の製法を伝えたことで発展した。当時は荒焼と上焼の製法が伝えられたと言われている。西表島と黒島の間に浮かぶ新城島(あらぐすくじま)では、「パナリ焼」と呼ばれる、野焼きで焼成する土器が作られていた。

「八重山焼」 「パナリ焼」
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