☆給食の歴史☆
学校給食が始まったのは明治22年、山形県鶴岡町(現・鶴岡市)の大督寺(だいとくじ)というお寺の中に建てられた私立忠愛(ちゅうあい)小学校で、生活が苦しい家庭の子供に無償で昼食を用意したことが日本における学校給食の起源とされている。その昼食は、大督寺の僧侶が一軒一軒家を回り、その家々でお経を唱えることで頂いたお米やお金で用意した物だった。その後、1923年には、児童の栄養改善の為の方法として国から奨励されるなど、徐々に広まりを見せていった学校給食だったが、戦争による食料不足などの理由で中止をしないといけなくなった。

「1889年の給食(おにぎり、塩鮭、菜の漬物」

「1923年の給食(五色ごはん、栄養みそ汁)」
戦後になると食糧難のため、児童の栄養状態が悪化し、国民の要望が高まったことで学校給食が再開された。1954年に「学校給食法」(※)が成立し、実施体制が法的に整った。
(※)「学校給食法」とは?
児童・生徒の心身の健全な発達に役立ち、国民の食生活の改善に寄与するとして学校給食の普及充実を図る目的に1954年に制定され、7つの目標がある。(学校給食法第2条)
①適切な栄養の摂取による健康の保持増進を図ること。
②日常生活における食事について正しい理解を深め、健全な食生活を営むことができる判断力を培い、及び望ましい食習慣を養うこと。
③学校生活を豊かにし、明るい社交性及び協同の精神を養うこと。
④食生活が自然に恩恵の上に成り立つものであることについての理解を深め、生命及び自然を尊重する精神並びに環境の保全に寄与する態度を養うこと。
⑤食生活が食にかかわる人々の様々な活動に支えられていることについての理解を深め、勤労を重んずる態度を養うこと。
⑥我が国や各地域の優れた伝統的な食文化についての理解を深めること。
⑦食料の生産、流通及び消費について、正しい理解に導くこと。
同法の第2条では、「学校給食の目標」が掲げられている。そのひとつが「適切な栄養の摂取による健康の保持増進を図ること」であり学校給食は1日に必要な栄養素の約3分の1がとれるように、バランスを考えながら作られるようになった。2009年に「学校給食法」が改正施行されると、その目的が、「食育」の観点から見直されて、学校給食を取り巻く環境はさらに向上していったのだ。
学校給食 ~後編~に続くー♪
それでは、またまたー(^^)/