碧の章7


カケルはやはり、何もしてこなかった。
翌日、胸ポケットにペンダントを戻してナツメに会ったが、
姿は見えない、と言う。

彼はただ、見ているのだろう。
冴子とナツメ、そして自分との別れのときを。

和歌山県警の大槻さんから連絡が入った。
みんなでまた警察署まで出向く。

「鑑定結果がでました。こちらのお嬢さんとの、親子関係が認められています。」
大槻さんが厳かにそう告げると、冴子が一歩、片足を引いた。
俺があわてて背中を支えると、ふりかえって引きつった笑顔を見せた。
「大丈夫。ありがと。」

「どうされますか。お会いに・・・なりますか。」
工房のひとたちが冴子を見た。
「・・・・・。」

冴子はしばらく逡巡していたが、つと顔をあげると
「はい。会わせて下さい。」と、しっかりした口調でいった。

ミチ子さんがナツメの肩を抱いて
「わたしたちはここで待っているから。」と言った。
静かに頷いて冴子は大槻さんについて廊下を歩き出した。

俺も、少しあとに続いた。

「こちらです。」
大槻さんが先に立ってドアをあけ、冴子を招き入れる。
冴子は一歩、室内に入りかけてぴたりと止まった。

ゆっくりと、後ろに下がる。

「冴子」
うしろから肩を抱いて、声をかけた。
イヤイヤをするように、首をふる冴子に、
「カケルくんに逢うてやろう。俺も一緒に行くから。」
「・・・・。」

冴子の胸が大きく上下していた。息づかいが荒くなっている。
「冴子。」
また下がろうとする冴子を抱えるようにして、そのまま大きく一歩踏み出した。
腕のなかで冴子が抗うように身じろぎした。両方の手を、固く握りしめている。

・・・・イヤやんな。辛いもんな。目をそむけたいよな。
俺、今、ひどいことしてるよな。
それでも、唇を震わせて無言で抵抗を続ける冴子を、一歩一歩引きずるようにしながら入室した。

これで、俺のことを嫌いになってもいいから、カケルと向き合え。
最後に声をかけてやれ。
あいつはずっと、お前のそばにおったんやぞ。

その気持ちは、俺が一番よくわかる。
左胸が少し熱くなった気がした。ポケットのなかで、ペンダントが揺れた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


部屋の真ん中に、寝台に横たわって、カケルはいた。

白骨化、とよくいうけれど、それは茶褐色に染まっていて、
・・・まるで、流木のように見えた。
ナツメが言っていた、ナンテンオバケの姿を思い浮かべた。
樹を愛したカケルは、ほんとうに樹になってしまったようだった。

冴子が腕のなかでがくっと力を抜いた。
両腕で支え直す。寝台のそばまで連れて行って、そっと手を離した。

「カケル・・・・なん?」
視線が定まっていなかった。
「なんで・・・・?」
膝から崩れるように座り込んで、寝台にすがりついた。
「わたし、探したんやで・・・・?」

「ずっと・・・・待ってたんやで?」

「結婚しよって・・・・いうてたやろ?」

傍らにしずかに控えていた大槻さんが、その言葉を聞いて、そっと動いた。
寝台の横に備えつけてある小机に、遺品ともいえないようなぼろが並べてあったが、そのなかからちいさな箱状のものをとりあげて、こちらに来た。

冴子の様子を見て、俺に手渡しながら、
「おそらく、上着のポケットに入れてあったのだと思います。包装がしっかりしていたので・・・・。」
と囁いた。
ぼろぼろになった箱のなかに、ビロードの小箱が収められていた。
それに守られて、無傷で残っていた中のものを、俺はそっと取り出して思わず目をつぶった。

冴子の横にしゃがんで、彼女の手にそっと、「それ」を載せた。
南天の実のように赤い、小さな石の嵌った指輪。

リングの内側には、To Saeko と彫られていた。

大粒の涙が、冴子の瞳からあふれるのを見た。
二、三度おおきくかぶりをふると、

「カケル!」
堰をきったように、冴子が泣き叫んだ。
このまま壊れてしまうのではないかと思えるような、激しい慟哭だった。

床にくずおれて、カケルの名を呼びながら泣き続ける冴子の、
背中をさすってやることだけしか、俺にはできなかった。

泣きつかれて、少しぼんやりし始めた冴子を再び抱きかかえて部屋の外に出ると、
ドアの前にナツメが立っていた。
冴子の姿をみるなり抱きついて、冴子の胸に顔を埋めた。
ナツメも、声をあげて泣いていた。
まるで冴子と悲しみを分け合おうとしているように。

「ナツメ・・・。」
冴子も、ナツメに腕をまわして、またひとしきり泣いた。