コバマサ引退
オリックス・バファローズ 小林 雅英投手は、今季限りで現役引退し、当球団コーチに就任することが決まりましたので、お知らせいたします。
| 【 生年月日 】 | 1974年5月24日(37歳) |
| 【出 身 地】 | 山梨県 |
| 【投 打】 | 右投右打 |
| 【身長/体重】 | 182cm / 89kg |
| 【学 歴】 | 都留高-日本体育大学 |
| 【球 歴】 | 東京ガス-千葉ロッテ(D1位・99~07)-インディアンス(08~09)-読売(10)-オリックス(11~) |
<日本通算成績>
| 年 度 |
球 団 |
試 合 |
完 投 |
勝 利 |
敗 北 |
セ │ ブ |
投 球 回 |
安 打 |
本 塁 打 |
犠 打 飛 |
四 死 球 |
三 振 |
失 点 |
自 責 点 |
防 御 率 |
| 1999 | ロッテ | 46 | 3 | 5 | 5 | 0 | 124 1/3 | 93 | 8 | 13 | 59 | 107 | 42 | 37 | 2.68 |
| 2000 | ロッテ | 65 | 0 | 11 | 6 | 14 | 109 2/3 | 87 | 4 | 14 | 38 | 72 | 34 | 26 | 2.13 |
| 2001 | ロッテ | 48 | 0 | 0 | 4 | 33 | 52 | 54 | 7 | 5 | 14 | 47 | 25 | 25 | 4.33 |
| 2002 | ロッテ | 43 | 0 | 2 | 1 | 37 | 43 1/3 | 26 | 1 | 4 | 6 | 41 | 4 | 4 | 0.83 |
| 2003 | ロッテ | 44 | 0 | 0 | 2 | 33 | 47 | 45 | 2 | 4 | 12 | 30 | 18 | 15 | 2.87 |
| 2004 | ロッテ | 51 | 0 | 8 | 5 | 20 | 57 2/3 | 51 | 4 | 4 | 21 | 50 | 25 | 25 | 3.90 |
| 2005 | ロッテ | 46 | 0 | 2 | 2 | 29 | 45 1/3 | 49 | 6 | 2 | 10 | 33 | 14 | 13 | 2.58 |
| 2006 | ロッテ | 53 | 0 | 6 | 2 | 34 | 53 2/3 | 49 | 4 | 5 | 10 | 48 | 16 | 16 | 2.68 |
| 2007 | ロッテ | 49 | 0 | 2 | 7 | 27 | 47 1/3 | 53 | 4 | 8 | 14 | 35 | 24 | 19 | 3.61 |
| 2010 | 巨 人 | 12 | 0 | 0 | 0 | 1 | 14 | 19 | 0 | 2 | 5 | 2 | 8 | 8 | 5.14 |
| 2011 | オリックス | 6 | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 2/3 | 10 | 2 | 1 | 5 | 0 | 7 | 7 | 13.50 |
| 通算 | 11年 | 463 | 3 | 36 | 34 | 228 | 599 | 536 | 42 | 62 | 194 | 465 | 217 | 195 | 2.93 |
<メジャー通算成績>
| 年 度 |
球 団 |
試 合 |
完 投 |
勝 利 |
敗 北 |
セ │ ブ |
投 球 回 |
安 打 |
本 塁 打 |
犠 打 飛 |
四 死 球 |
三 振 |
失 点 |
自 責 点 |
防 御 率 |
| 2008 | インディアンス | 57 | 0 | 4 | 5 | 6 | 55 2/3 | 65 | 8 | 2 | 15 | 35 | 30 | 28 | 4.53 |
| 2009 | インディアンス | 10 | 0 | 0 | 0 | 0 | 9 2/3 | 12 | 2 | 0 | 5 | 4 | 9 | 9 | 8.38 |
| 通算 | 2年 | 67 | 0 | 4 | 5 | 6 | 65 1/3 | 77 | 10 | 2 | 20 | 39 | 39 | 37 | 5.10 |
◎小林雅英投手コメント
「13年間の現役生活を終えることとなりました。これまで楽しいことばかりではなく、いろいろと苦しいこともありましたが、本当に充実した素晴らしい13年間でした。今までは自分の野球のことだけを考えてやってきましたが、これからは人のために野球を考えていきたいと思います。ゼロからのスタートとなりますが、一生懸命頑張ります。ファンの皆様にはどんな時も本当に温かいご声援をいただき感謝の気持ちで一杯です。これまで支えてくれた家族に、そして、友人、関係者の皆様にも感謝しています。13年間、ありがとうございました。」
なんとマサが引退しちゃいました・・・。
私の中ではこの世の中で一番
殺しても死なない男
という印象でした。
残念です。。。
まだまだやれるし、やるなと言われてもやる男だと思っていました・・・。
皆さんは違うかも知れませんが、私はいい思い出ばかりです。
9回、先発ピッチャーがせっかくゲームを作って、滅多にヒーローにならない選手が殊勲打を打って・・・。
そういう場面でも平気でぼっかんぼっかん打たれてました。
そう、
「初殊勲打?初勝利?オレには関係ない」
って顔して・・・。
もちろん、そんなことないんでしょうけど。
時にはパパのバカと娘に言われ、時には(毎回)味方のファンからブーイングを食らい・・・。
そんなマサが大好きでした。
(ホントよ)
真面目な話、慣れてきちゃって、みんなが椅子とか蹴っ飛ばして怒っているのに、
「あはははは、またやっちゃったよ!」
ってひとりで大笑いして、いろんな人にガン飛ばされてました。
って大好きだって言って悪口ばかり言ってますが、相当にすばらしい選手なのですよ。
セーブ数なんと234です。
最多セーブとか、数々の記録(と炎上の記憶)を持っています。ロッテって記録持ってるの少ないからものすごく貴重です。
あとはオリンピック日本代表の守護神だったんですよ、マサって。すごいでしょ?
2002年なんて、防御率0.83で37セーブですよ。
ホントにすごい選手だったんです。
ま、何がすごいって、記録とかよりもふてぶてしさですよね。
打たれようが、四球だそうが、(パパのバカと言われようが)
「俺様だけど、何か文句ある?」
って顔で平然と投げてましたからね。次の日も笑顔で練習してたし。
そのふてぶてしさが守護神に向いているんですよね・・・。
去年、讀賣をクビになった時、マジで欲しいって思いましたからね。
そのくらい守護神に向いているんですよ。
(ロッテの・・・)
マサがメジャーに行っちゃって、オギーが守護神になって、よかったです。よかったんですが、何だかさびしく感じたことも事実です。
あの劇場がもう見られないのか・・・と思ってしまいました。
これでホントに見られなくなります。
最後に見たのはマリンで吉野の変わりに炎上したのでしょうかね・・・。
交代投手を間違える珍プレーがあったのは7回だ。無死満塁で「小林雅」の場内アナウンスに古巣のロッテファンは沸いたが、リリーフカーに乗って出てきたのは吉野。間違いに気付いた吉野は慌ててベンチに退いた。
ブルペンから走って出てきた小林雅は押し出し四球を与え、走者一掃の三塁打を浴びるなど散々だったが「次の打者に合わせていたので体の準備はできていた」と言い訳はしなかった。交代を伝え間違えた福間チーフ投手コーチは「自分が(吉野だと)決め込んでしまった。(小林雅は)準備はしていたが気持ちの整理ができていなかった」と申し訳なさそうだった。
▼オリックス・吉野(リリーフカーで登場も登板機会なく終わり)僕と言われていたので…。(小林雅も)どっちも準備はしていたけど。
毎回リリーフカーで颯爽と登場して(炎上して)いたマサ。最後は走って登場でした。
最後までマサでした・・・。
小林雅英くん、13年間、お疲れ様でした!
数々の伝説、ありがとうございました!