赤ちゃんの時にはとにかく生き物としてお世話をすることが大変で、

大人になっていくにつれ、

社会的な生き物として子供をどう導くか、手を貸すのか、

端的に言ってしまえば育てるのか、という問題にそろそろぶつかり始めた。

 

娘が怪我をした。

旅行先で窓に寄りかかり、数十センチ下に落下した。

額を打ち、顔にも怪我をしてしまい、

心配で不安でとにかく病院に駆けつけ、

ただどうしようもなく守れないこともこれからは起きてくるのだな、とも思った。

 

幸いにして怪我は大したことにはならずにすんだが、

内出血が目の周りに落ちてきてパンダ状態に。

娘は年中さんだけれども、鏡を見るのも辛かったようで、

隠して欲しいと言われたし、写真も拒んだ。

 

幼稚園に行きたくないようなことを口にし、

夫は休ませるように言った。

私は揺れた。娘の意思を尊重すべきか、否か…

 

夫は「気持ち悪い」など悪口を言われたらどうするのだ。娘が傷つく、という。

私にも道理はわかる。でもじゃあ、傷が治るまで休ませるのか?

2週間近く??

 

その間に娘の居場所は容易になくなってしまうだろうな、と思った。

行くのが正しいのか、休ませるべきか。

しばし悩んだが、結果的に私は娘を送り出した。

 

いろんな考え方はあると思う。

だが、この先、4歳の彼女が大きくなっていく中で、

いくらでも嫌なことは起きる。

どんなに足元に転がっている石の一つでもなくしたいと思っても、

それは無理だ。

 

そして、それは彼女の人生に転がる石だ。大きいかもしれない、

簡単には這い上がれないような穴かもしれない。

 

でも親は万能ではない。

彼女の人生にどこまで関与するか、という問題と表裏一体だと気づいた。

 

これは親離れ…というか、子供と私が別人格であることを、私が学ぶきっかけにもなった。

彼女は浮かぬ顔だったが、たとえ「気持ち悪い」と言われても、

それは正しい言葉ではない。

ちゃんと治る傷で、誰でも起きうることの1つだ。

ここで自分を恥ずかしい、と思ってしまうばかりで隠すことに気を取られてしまったら、

彼女は自分に逆境が置きた場合の、転び方・立ち上がり方をわからなくさせてしまうのではないか、と不安になった。

 

もちろん怪我に血の気は引いたが、大事に至らなかったのも事実だ。

つまりは小さい石につまずいたことを、私は大したことだと彼女に思って欲しくはなかった。

 

人は転び方を知らなければ、立ち上がり方がわからない。

危険のために、大道芸人の人たちは失敗の練習をたくさんするという。

 

彼女は大人になりつつある。

友達との関係を先回りする時点で、もう彼女が社会的な生き物だと認めなければならないな、と思った。

 

「子供には過酷だ」と夫は言った。

じゃあいつならいいのだろう、と私は純粋に思った。

夫は、「でもまだ早い」と曖昧に口ごもったけれど、

娘はもう自分の世界を持ち、人間関係を持ち、世界を歩み始めた。

そのことを止められはしない。

 

……

 

結果的に、娘は楽しく幼稚園に通っている。

彼女にはこの選択でよかったようだと私は胸をなでおろしている。

 

初日、娘は久しぶりに会ったことを嬉しそうに挨拶をしてくれたおじさんの反応を見て

「…お母さんの言う通りだった」とつぶやいた。

私は娘に、「幼稚園の人はまずあなたが幼稚園にきてくれることを喜ぶと思うよ」

と告げた。

なにげなく、もちろんそうあってほしいとの願いを込めた励ましの言葉の一つではあったけれど、娘は娘なりに私の言葉を必死で噛み砕き、

自分を奮い立たせているのだな、と目からウロコだった。

 

今朝、休み明けの幼稚園に、

「顔へんなの、っていうお兄さんがいた」と娘がふいに教えてくれた。

小さな胸に、きっとこたえただろう。

「嫌だったね。そういうときはうんこ野郎って言っていいよ」

少し憤慨して見せながら、冗談めかして娘に言った。

娘は、「そうだね」と爆笑。好きな単語だからか…

 

さておき、彼女は「でも私は泣かなかった」とも付け加えた。

彼女なりの戦いだったのだろう。

 

これから、あなたの心をへし折るような出来事は、

きっと起きるに違いない。

 

それが生きるということだから。

 

つい願ってしまう。

あなたの人生が平穏で、幸せであれ、と。

 

でも大なり小なり、人は乗り越え、ここにいる。

私もそう。

そのちっぽけな人生を、それでもちっぽけな人生を精一杯生きてきたつもりだ。

 

あなたの人生はあなたにしか生きられない。

私の人生ではないから。

 

それでもいつか聞いたように、

どんな酸っぱいレモンでもレモネードが作れる、ということを

私は娘に教えていけるよう成長しなければ、と思う。