不登校になり

一般で言う「ふつう」の状態ではなくなった。

 

最初はいけないことに悲しんだ。

保育園の時から、登園拒否を繰り返していたから

当たり前といえば当たり前で

予想できる範囲だ。

 

なんとか通わせようとしたし

病気なら直そうとしたし

優しい親がダメだと思って厳しくしたり

怒ってばっかりだとだめだから、優しくしたり。

 

 

1年生からの登校拒否だったのに、

4年生の半ばで初めてちゃんと受け入れた気がする。

 

とはいえ、悩みから消えたわけではなくて

受け入れたというと格好良すぎる感じで

ようやくやっと、一回、あきらめることができた

そんな感じ。

 

 

でも、そんな感じになって、8か月。

今度は何もしていない自分でいいんだろうか?

という不安と。

暇が見始めてきて、

なんだか軽くなってきた子供を見て

ちょっと、動いてみようかという気持ちと。

 

正直ちょっと両方ある感じで。

 

不安から始めることは良くないっていうけれど

新しいことを始める時に

ワクワクと同時に不安はセットではないだろうか?

 

だから、ワクワクと不安が同時ならいいことにする。

 

新しい取り組みなんて、そんなものだ。

社会人になるとき、不安とワクワクがセットだし。

転職したもそう。

山登りだってそう。

新しいとこに行くってのもそう。

初めての場所に待ち合わせってのもそう。

 

期待と不安。

ドキドキとハラハラ。

 

セットじゃないかな。

期待はしちゃだめ。

不安から始めたらだめ。

 

っていってたら、何にも前にも進めない。

 

不安から始まるものは良くなくて

ドキドキワクワクな好きなものを

やればいいっていうけれど

 

ホリエモンのように

ドキドキワクワクだけで始められる人もいれば、

ドキドキとワクワクと不安がセットでついてくる

そんな人だっている。

ってか、そんな人ばかりじゃないかな。

 

まずやってみる。

エジソンじゃないけれど

うまくいかないということを

発見した。

 

たぶん、私みたいなタイプはさ

うまくやりたいって気持ちが強いから

失敗したときに

必要以上に落ち込んじゃう。

そして、不登校の親になると

こういう気持ちがさらに強くなる。

 

やっぱりやらなきゃよかった。

また、無理させた。

私が悪かった。

 

って、本当は違うよね。エジソンさん(笑)

私はチャレンジをしたんだよ。

うまくいくかどうかじゃないんだよ。

チャレンジしてみたんだよ。

 

きっと、エジソンなら聞いてくれる。

そうなんだ、どうだった?

今回はうまくいかなかったよー

そうか、じゃあ、次はどうする?

 

そうなんだ、どうだった?

今回はうまくいったー

やったな、おめでとう!

 

 

成功の時も、失敗の時も

たぶん、小さなことの積み重ねだったり

大幅にやることチェンジしてみたり

ちょっとの差だったり

 

 

これをやればいい!っていう心理学とか

これはやっちゃだめ!っていうショート動画とか

とっても目に入るし

そう思っちゃうことがあるけれど

 

たぶん、それをやってうまくいった人がそれを言っている。

たぶん、それをやめてうまくいった人がそれを言っている。

 

それをやったことで

私が幸せになれるかどうかはわからないってこと。

 

ただ、一つの手段ではある。

 

 

私がうまくいったからといって

相手がうまくいく100パーセントの方法ではないってこと。

 

こうすればいい!ああすればいい!

が、すべての人間に当てはまるって言うことはないってこと。

 

あくまで、

あの人はそれでうまくいった。

それをしたけど、私はうまくいかなかった、

と、落ち込むんだけど。

できなかった自分を責めたりもするんだけど。

 

 

そうじゃないよね。

洋服だってそう。

私に似合う人と隣にいる人では

色の良しあしは違うよね。

同じ服なのに、似合う人に合わない人いるよね。

 

洋服ならば

それぞれ違いがあるって言うことはわかるのに。

 

心となると

うまくいっている人の言葉に流されやすくなる。

それは、私もうまく人生回していきたいから。

その人のようになりたいから。

 

だから、世の中には

いろいろな哲学者がいて

いろいろな心理学があって

いろいろな成功例があって

いろいろな失敗例があって

 

こうすればいい!

ああすればいい!

っていうのが、自分にできなくて

落ち込んじゃうけど

 

そうじゃない。

まだ、今、自分に合ったものが見つかってないだけ。

 

 

このブログだってそう。

毎日書くって言ったのに

できなくって。

私って何やってもできないーって落ち込むけど

誰が責めてるって

やっぱり自分だもんね。

 

私がやらなくていいと思うことは

『自分責め』

だと思ってる。

 

でも、人によっては

この自分責めが

なにくそって思って前にすすむひともいるんだろうから。

 

だから、ネガティブも悪くないってこと。

 

 

だから、人によって違う。

これがいい!

あれがいい!

確かに良かったのかもしれない。

でも、私には合わなかった、ただそれだけなのかも。

 

出来なかった私を相手が責めてくるのはもってのほかだし、

出来なかった自分を責める必要もない。

 

私も浅はかだから。

こうはいっていても、

ついつい流される(笑)

 

でも、一つの手段として

やってみることもありだと思ってる。

 

やってみて悪い結果は受け入れない。

良い結果だけ受け入れる。

 

よいことしか受け入れないという

私の心の問題だ。

 

悪い結果を受け入れることができなくて

自分を責めてしまうんだけど。

 

うまくいかなかった。

それだけのことのはずなのに。

 

 

人は、いいことよりも悪いことのほうが記憶に残る生き物。

 

たぶん、悪いことの中にも

探せばよかったこともあるような気がする。

 

たとえば、やってみようと思ったこととか。

ここまでは、うまくできた、とか。

 

失敗したことばかりがクローズアップしてしまう生き物なだけで

それはだめだったけど、テレビは面白かったとか。

このケーキおいしいとか。

よく眠れた、とか。

犬かわいい、とか。

今日は天気で洗濯物が良く乾く、とか。

 

探せば、小さな幸せは転がっているのに、気づいていないだけで。

 

私たち人間は

良いことよりも、

悪いことが気になる生物だってことを

念頭に置いておこう。

 

読んでいただきありがとうございました。

なんか、すっきりしました。

紙に書くのがいいと言われている昨今。

 

紙に書くまでのパワーはなくても

なんとか、ブログに思いを吐き出せて

思った以上にやりっ切った感。

 

今から50年後には

鉛筆とペンではなくて

パソコンやスマホでもいいから

自分の思いを朝一で書き出してごらん?

それだけでも、気持ちが楽になるよ?

 

と、言われていることもあるかもしれない。