今日はちょっといい温泉に入りに行った。

そこは相場の倍位の温泉。

この温泉には露天風呂に
寝ながら入れる温泉がある。

私はこれが大のお気に入りで
でも普通の倍位するちょっと高い
温泉なのであまり来てなかったのだ。

今日は天気も良くて、
流れる雲を見ながら
あーやっぱり気持ちいいなー
と思いながら寝ながら温泉につかっていた。

ちょっと高い温泉でも、
普通に行く気になるぐらいは
プチ贅沢を許せるように
なってはきたものの、
でもこの高い値段払った分、 
何かしら持って帰りたいという気になった。笑

持って帰るというのは、
もちろん物質的なものではなく、
自分の心にプラスの何かを
得たいと思ったのだ。

もちろんそうやって望む事は
悪いことではないし、
望んだほうがいいと思うんだけど、

私の場合、
ちょっと度を超えてるかなと思った。

元を取りたいみたいな?
なんかすごいガメツイ感じ。

そういう自分の
ガメツさを感じながら、
あー嫌だなぁ。
私ってこういうとこ
あるんだよねって思った。

過去に時間を無駄にするなと
シコタマ怒られてきた経験が
尚更そう思わせるのかもしれないけど。

ほんとにどこまで、
がめついんだろうと思いながらも、

でも、そんな自分も愛そうと思った。

そしたら、
きっとこんなに
ガメツくならなきゃいけないほど、
今までの人生、
もしくは過去世で
私は枯渇してきたんだろうなと思った。

そしたら…

一生懸命何かを手いっぱいに
握り締めている
小学生位の女の子が見えた。
(もちろんイメージ)

その子はとても
悲しい目をしていた。

見るからに枯渇した表情をしていた。

きっとこれが過去(世)の
私なんだろうなと思った。

これを手離してしまえば
なくなってしまうことへの恐れ、恐怖で
いっぱいなんだろうなと思ったら、
涙が溢れてきた。

だからイメージの中で
優しく抱きしめて、

「もう、大丈夫だよ。
あなたはずっとこれから
豊かに暮らしていけるからね。

だからもう、
心配しなくて大丈夫だよ。

そんなに必死に握り締めなくても
手放しても大丈夫だよ。

また必要なときには
必ずあなたのところに返ってくるから、
大丈夫だから安心してね。」

と優しく語りかけてみた。

その子は泣き出して
手を離して、
私を抱きしめ返してくれた。

何だかとても癒された気分。


自分の嫌なところって
誰もがあると思うんですけど、
でもそれもきっと何か辛いことがあって、
そうなってしまっただけだろうと思うんですね。

だからそんな嫌いな自分の“痛み”に
触れる事で、そんな自分も
受け入れられるような気がしました。

私たちって、
自分を否定すればするほど
生きるのが苦しくなります。

だからもし、
あなたが嫌いな自分に
苦しんでるなら、こんな風に
寄り添ってみてはいかがでしょうか?