「ははうぇ〜、お買い物行きたいのだ。」
長女が猫なで声でアテクシを誘ってきた。
こういうときはおねだりに決まっている。
財布の紐は男親であるダンナの方がはるかに緩い。ガバガバである。なのに、母親のアテクシに頼むということは。
「欲しい物は服?下着とか?靴?」
そう尋ねると、長女は 古代生物のような虚無顔にて頷いた。
うむ、それは父にはねだりにくかろう。
しま○らとかジー・◎ユーとかユニ●ロとかが好きな長女。
値段が庶民的であること。特に男女問わずに着られるものを取り揃えていることが好みの条件だ。
身長は標準よりもやや高く体型は細身マッチョ(元アスリートなので)特に下半身が立派。
男子の服を特に好み、ゆったりした着心地が理想。
「何が欲しいの?」
「実は・・・」
「ん?」
「あのね。その・・・ブラ、がですね。」
言いよどみながら手振りで一生懸命胸のあたりを指している。
よくよく聞いてみると。
長女は下着はトップはいつもスポーツブラ。ボトムはガールズボクサーである。
「運動していない時までスポーツブラ嫌なんだよ。締め付けられて辛い。」
なるほど。
それは確かに辛いかもしれない。
「ああ〜。じゃあ、キャミソールとかタンクトップでカップ付きのやつを・・・」
母が薦めると、首を横に振る。
「そういうのはちょっと嫌なんだ・・・」
「え、でも楽だよ?締め付けないよ?」
「だってさ」
長女が胸のあたりを指で指した。
「そのカップがさぁ・・・」
「・・・?」
「虚無を産み出すんですよ、ははうえ。」
虚無
「は・・・?虚無って?産み出す???」
長女はなんとも言いにくそうに。
「だからさ。亜空間がね?」
亜空間
頼む長女よ、わかるように言ってくれ。
「だからね?その、俺の胸はさ、控えめなわけですよ。」
「うん。まあ、そうね。」
それは確かにそう。まあ、成長途中というのもあるし、体質もあるだろう。
控えめに言って控えめである。(自分こそ何を言っているのか。)
「この控えめな胸とカップの間に隙間が生まれてしまって、大変に気持ち悪いんすよ。」
「・・・?え、そうなの?」
「カップがゴロゴロするくらいには。下手するとカップが丸まっちゃいそうなくらいに虚無がここにね?生まれるんですよ。」
つまり翻訳すると。
「カップ付き下着は、胸が小さいからカップと胸との間に隙間が出来て着心地が悪い。と?」
こくこくとサカバンバスピスのような虚無顔で頷く長女。
はじめからそう言ってくれ。
ふむふむ。
残念ながら母は少女時代から太っていたため胸はそれなりに大きかった。だから長女の感覚はわからない。
わからないが、その不満は解消してやりたい。
なんぞ知恵を借りたくて、下着の専門店へ足を運んだ。
下着専門店の店員さんも色々な品を見せてくれるが、長女は首を縦に振らない。
結局はカップ付きのタンクやキャミとか、スポーツブラに近いものになってしまうからだ。
ふと、店員さんが思いついたように尋ねる。
「締め付けなければいいのですね?でも、なるべくぴったりしたいと。隙間がないように。」
「はあ、そうですね。そういうのってあります?」(←母)
店員さんが、持ってきてくれたのは、ナイトブラと呼ばれる代物だった。
「これは寝るときにも付けられるから締め付けないし、胸が流れないようにできてるからある程度の形は保てますよ。」
「ほほー。どう?これ。付けてみる?」
長女は頷く。(←超のつく人見知りなため、店員とも話せない)
「どうぞ、ご試着ください。」
気に入ったのか、ナイトブラ、お買い上げ。
(高い・・・。この店のが高いだけ??)
「あのさ、長女。いくらなんても、虚無 はわかんないよ。もう少しわかりやすく説明して。」
「ゴメン・・・。だって同級生の女子ってみんなそれなりにおっきいんだもん・・・。」
「それは説明が下手な理由にならんがな。でもさ、サッカー時代の子たちは同じようなもんだったじゃない?」
「だから驚いてるんだよ。高校に入った途端、皆がぼんっってなったんかー!って。」
「いやいや。そうじゃないだろ。高校の同級生であんたみたいに元ガチアスリートはおらんだろうが。」
「あ、うん。全然いない。みんな文化部だったって子ばっかり。」
「だからだよ。まあ、運動部でも胸おっきい子はいなくもないけど、長女のやってた種目では少ないだろうなぁ。」
「そっか。」
買ったばかりの下着の袋を胸に抱いて、長女は天井を仰いだ。
「あーあー・・・スポーツしたいなぁ・・・別にサッカーじゃなくてもいいからさぁー・・・。」
まだ入学して二ヶ月足らずなのに。もう物足りないのか。
幼い頃からずっとスポーツをするのが日常だった長女。
高校ではサッカーをすっぱり諦め、文化部に入部した。それが嫌なわけではないだろうけど。
そのうちどこかのスポーツの部活と兼部、とか、言い出しかねないな。
母はそう思った。