「歩歩是道場」(ほぼこれどうじょう)・・我々の周囲は、すべてが学びのの場であるという意味です。

自分を磨き、自己を高める為の要素は、数多くあります。何も特別な修行などするのではなく何をどう感じ、どう受け止めどう活かすのか?が大事でその方のとらえ方で大きく違ってきます。

環境や条件が良くないと、線引きをしたりやりたいことを投げ出してしまうことはありませんか?

「歩歩是道場(ほほこれどうじょう)」という言葉を自分のお守りにして。全ての場所は道場であり、学ぶことはたくさんあるという事を心に留めて。自分の心次第で、どこにいても成長できるという事。一歩一歩進む信念さえあれば、夢に近づけるという事です。

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「照顧脚下」…自分の足元を見ましょう

最近心が沈みがち…。先のことをあれこれ考えて不安になってしまうことも。遠くや周りのことばかりに気をとられている状態では、よい答えは導き出されません。「照顧脚下(しょうこきゃっか)」という禅語があります。立ち止まって、足元を照らし、自を振り返るべきだという戒めの教えでもある言葉。玄関でくつを揃える時、自分の足を見るように、今の自分を顧みましょう。日々の暮らしの中で身近なものにこそ大切なヒントが隠されています。
 
                             キナリオ「仏の言葉」を引用

【色即是空】

物事が上手くいかない時、意思疎通ができなかった時。思い悩んで、最終的に自分を責めてしまう時『般若心経』にある「色即是空(しきそくぜくう)」という言葉を思い出してください。

全ての本質は、実体のない「空くう」であり、「執着しゅうちゃく」してはならないという仏教の根本的な考え。この世にあるものや現象は実体のないもので、一切の存在は無であるということ。

私たちは見えるものや、耳で聞いたこと、手で触れられるものだけに囚われがちです。それによって思い悩み苦しんでいるのが現状ですが、そのような事にならないようあなた自身を大切にしてくださいねと言う教えです。

「一切唯心造(いっさいゆいしんぞう)」と言う言葉があります。

仏教用語で、一切とはすべてのこと、唯とは「ただそれだけ」という意味。すべての現象や存在は、ただ心がつくりだしたものということです。今ある自分に満足できないと思うのは、自分の気持ちから生まれています。嬉しいことも辛いことも、善も悪も、心がよどんでいれば見極めることはできません。清らかな考えでいることで見えてくることがあります。
全ては、心が造り出すもの、それに人は惑わされます。世の中の事象、喜怒哀楽の感情さえも、全て人が造り出しているとも言えます。

その人が造り出したモノに惑わされて、周りが見えなくならないようにしたいものです。

仏教では世界は人の心がつくりだすと説いています。清い世界は清い心を持つ人に訪れるのです。

常に感謝の気持ちと自分は幸せ者だと考えていたら人生変わっていきますよ!