車のエンジンをかけ、たまたまテレビ画面に
映し出されたのは、M-1グランプリの
敗者復活戦だった。
画面には審査員の姿が映る。
けれど画面が小さいせいか、あるいは
私自身がテレビから離れて久しいせいか、
誰が誰なのかよく分からない。
全員がきっちりとした服装で、
どこかの会社のお偉いさんが
並んでいるように見え、
「なんだか堅いな」と感じた。
ところが、審査員一人ひとりの挨拶が
始まった途端、その印象は見事に覆された。
想像していたような堅苦しい言葉は一切ない。
「今回は室内であったかいですね」とか、
「急にサイレンが鳴る事は無いと
思うので安心です」とか、
挙げ句の果てには「必要なら音、
出しますので」と
笑いを交えたコメントまで飛び出す。
ああ、やっぱり芸人さんなんだな、
と思った。
会社でも、社会でも、こんなやり取り
ができたら、どれほど楽しいだろう。
そんなことを考えているうちに、
数年前の出来事を思い出した。
家電量販店で、割引カードの作成を
勧められたときのこと。
その店員さんは、少し砕けた、
冗談めいた態度だった。
私はなぜかそれが引っかかり、
嫌な気分になった。
「この人に個人情報を知られたくない」
そんな感情まで湧いてきた。
今振り返ると、あの頃の私は、
宇宙理論や潜在意識と
いった考え方をまだ知らず、
ネガティブな感情を
たくさん抱えたままだった。
だからこそ、相手の軽やかさを
受け止める余裕が
なかったのかもしれない。
「こんな客がいたら、店側も
変われないよな」
「変わるべきなのは、私たち客の
ほうなのかもしれない」
そんな思いも浮かんだ。
社会の厳しさと、家庭で過ごす
穏やかな時間とのギャップ。
その差があまりにも大きくて、正直、
厳しい経済社会に
戻れそうにないと感じてしまう。
人間社会は、ここまで厳しくある
必要があるのだろうか。
そんな疑問が、心の奥に静かに広がる。
若い頃は、キリッとした厳しい世界で、
バリバリ働く自分が
かっこいいと思っていた時期もあった。
けれど、体も心も、限界だった。
そう感じている人は、昨今多いように思う。
芸人さんたちのように、会社側も、
顧客側も、ほんの少し心をゆるめて、
寛容になっていってもいいのでは
ないだろうか。
昨日は急にかかってきた電話で、
途中、他の担当者に代わります、
と言われ、3、4分ほど待たされた。
けど、この件を思い出して寛容になってみた。