私の住んでいる所は、田舎だけれど

人口密度はまあまあ高く、

近くに大きな病院があるため、
日頃から救急車のサイレンをよく耳にする。


急に寒くなったからか、
新年であっても、あちこちで救急車を見かける。


そのたびに、
昼夜を問わず従事してくださる方々には、
本当に頭が下がる。


私は、弟が亡くなった後、
救急車のサイレンを聞くと息が苦しくなった。


息はしているのに、胸が締め付けられ、
どうしたらこの苦しみから逃れられるのか

分からず、耳を塞いでいた。


今はもう当時の事はあまり思い出さないが、

今朝久しぶりに救急車のサイレンを聞き、
あの苦しかった頃を思い出した。


今この瞬間も、
同じように苦しんでいる人が、
どこかにいるのだろう。


そんな人に、私は何を伝えられるだろう。


もし目の前にいたら、
今の私は何と言えるだろう。


「時間が経てば、必ず心は癒えるから」


結局、やはりそれしか言えない。 


度々の法要で身内と会うことで

元気をもらった。


親とは一緒に泣いた。


知らない人と、お互いの辛さを

話して元気をもらったこともある。


すべての人が気持ちを分かってくれる

わけではない。


それは、経験が違うのだから仕方がない。

分かってくれない人を責める必要はない。


話を聞いてくれる人に、頼ればいい。


当時、「この経験をして、自分は何を

すべきなのだろう」と考えたけれど、

答えは出なかった。


今もまだ、何かに活かせているとは言えない。


けれど、こうして私の経験を伝えることが、
ひとつの意味なのかもしれない。


震災の多い昨今、
私よりももっと辛い経験をしている人は、
たくさんいると思う。


そんな人たちを差し置いて偉そうだけれど、
誰か一人でも、気持ちが少し軽くなって

くれたらいい。


そう願っている。