以前、ご近所の方に、
「もう使わないから、欲しかったら言って」
と声をかけてもらったことがある。
買えば3,000円弱。
使うのは数回だけで、その後使う
可能性はほとんどない物だった。
新品でなくても問題はなかった。
だから、
ありがたく譲ってもらうことにした。
連絡をして、取りに行くと、
しっかりした布袋に入っていた。
「この袋はお返ししますね」
そう伝えると、返ってきた言葉は、
「このまま返してくれればいいよ」。
……え?
返すの?
もう使わない物だから、
“くれる”のだと思っていた。
一度使うだけなら、心の負担は小さい。
けれど
数年の間に何度か使うことになる。
汚してしまう可能性もある。
しかも、子どもが使う物。
自分が使う物なら気を配れる。
けれど、子どもの物となると、
不安が一気に大きくなる。
とはいえ、
「やっぱりやめます」とも言えなかった。
授業まで時間がなかったため、
腹をくくって「借りる」ことにした。
それから数年間。
返し終わるまで、その物を見るたびに、
小さな不安がつきまとった。
昔、同僚に
「図書館で本を借りたことがない」
という人がいて、驚いたことがある。
理由を聞くと、
「借りた状態で返せる自信がないから」
だと言っていた。
今なら、その気持ちがよく分かる。
私が「借りること」に、
これほど負担を感じた理由。
元の状態で返せるかという不安。
トラブルになりたくない気持ち。
謝る状況になりたくないという恐れ。
今回の出来事は、
「借りる側の負担」を
見せてもらった経験だったのかもしれない。
「貸す」ことは、親切で良い行いだと思う。
けれど、貸す側に、
その先に生まれる借りる側の
気持ちが想像できればなお良いだろう。
「タダより高いものはない」
という言葉があるけれど、
本当に、心の負担は3,000円より高かった。
今後、もし自分が同じ立場に
立つことがあるなら、
相手側の心の負担を想像できる
人でありたい。
そしてさらに、
見返りを求めない人間になりたい。
そう思わせてもらった経験だった。