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chi-depp journey

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最近、時間がゆるやかに過ぎている。
それと同時に原発に対する怒りの矛先を一体どこに
持っていけば良いのかという解決できない思いもある。
今の日本は全て日本電力へ非難を集中をさせている。
そして、どう考えても見えないすごい勢力に支配されているとしか
思えない日本政府の対応。
フランス、アメリカ。
日本はあなたがたのカモにはならない。


今回の選挙。
今回の東京都民の選択を私は一生忘れないだろう。
天罰と語った石原さんが当選した。
何なん、一体・・・・・

そんなさまざまな気持ちを抱えた先週。
東京もまだまだ余震に苦しめられ、ユラユラ揺れている。
これは錯覚なのか、本当の揺れなのか。
ユラユラユラユラ。

地震から今日でマル1ヶ月。
主張の少ない日本人が、さまざまな思いを胸に、そして主張し続けた1ヶ月。
本当の日本人の美しさを垣間見れて、こんな言い方をするのは変だけれども
何事にも変えがたい1ヶ月だった。
個人レベルでやってきたこと。
もう少し何かできればって思っている。

そして昨日、鎌倉に行く予定があったので、デモの様子も見てきた。
鎌倉はゆるい人々が多いので、面白いデモだった。
皆それぞれの思いを胸に。

高円寺のデモは1万5千人も集まったらしい。
すごいな。
うん。

私は、デモでは何も変わらないと思っていた。
今でもその思いは少しある。
だけど、何だか最近の東京はそうでもない兆しが見えるんだ。


土曜日、カズ夫婦とKCと私でインドカレー屋へ。
中目黒のカレー屋さん。
全員主張が強く、全く空気を読まないので、面白いトークショーが
繰り広げられた。
う~~ん。好きだなぁ。

二人でいるということ。
原発のこと。
これからのこと。
インドの映画のこと。

最近さらに、日本語の表現方法や言葉遣いにメロメロする。
日本語って良い。

夜桜も美しく、少ない電灯の光で見る桜も格別でした。
日本茶を片手に。


日曜日

鎌倉駅から伊豆方面へ行くバスに乗り8分くらいのとこに
GAMAというパン屋がある。
アフリカ的な内装、美味しいパン達、素的な店主。
そして海。
この素敵な空間を感じたいがためにGAMAさんへ。
はたまた鎌倉周辺の雰囲気見学&物件散策も兼ねて。

GAMAから出てすぐに海へ続く道がある。
数歩歩くと、サーフィンショップ。
そして広大な海。

寝っ転がって、パンを食べ、海の波の音を聞く。
やっぱりね。
やっぱり。

いつだってスッピン、裸足、タンクトップにゆるい麻でできたようなスカートで
暮らしたい。

やっぱりやっぱり。

そんな週末。

麻の料理屋さん。
麻心(まごころ)さんで深い話しに花が咲く。
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美味しいご飯。
カボチャとジャガイモのコロッケ、小豆のフムス、サラダ、
きのことズッキーニのピクルス。
好きなものをピタパンへ。

さすがだなー。
さすがやなーーー。
アイディア溢れた家ご飯。
ご飯を楽しみに帰る旦那様の気持ちがすごく分かった一時。

ほのぼの休日の話し。

土曜日の仕事が終わり、バイクに乗って旅へ出た。
旅という名の帰り道、そして寄り道。
バイクの後ろで見る風景は、いつもの街がいつもとは違い、まるで、
ウォンカーウァイ監督の”天使の惑星”の世界に舞い降りたような
そんな気持ち。
夜の世界。
キラキラの蛍光灯と、車と平行線を辿る、キラキラと。

私はもう違う世界へ連れ去られてしまった・・・・

五本木と三軒茶屋の間。
知る人ぞ知る、YOUの元旦那様が作ったアトリエ、件、謎の服屋さんへ。
あまりにセンスの良い光った服が溢れていて、また、King of 販売員、
たくや君のゆっくりなペースに吸い込まれる。
こんなに透明感のある人はいるんだ。

沢山の素敵が交錯していた。

彼と彼が会話する姿。
間を読む、珈琲の入れ具合い。
服屋に来て、内装に酔いしれて、そしてあまりに絵になってしまう
二人を見ているだけで、幸せだった。

また思う。
あまりにも魅力的な世界に連れ去られた・・・・と。



日曜日。
西荻窪。

旅の本屋、別格なベーグル屋、そして、老舗喫茶それいゆ。

手と手。散歩。スキップ。鼻歌。食べ歩き。

やっぱり中央線沿線って気取ってなくて良い。
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久々のそれいゆのスコーン。
ありゃ??
2/3くらい小さくなっている・・・・変わらない美味しさだけど、
変わらない大きさでビックリさせてくれた8年前。
あの大きさも残ってて已然変わらぬままであって欲しかった。

少しのガッカリはあったよ。
でもきっとそれが変わりゆく変わらないものなのだね。


心のガラス窓。
ピカピカの傷一つないガラス窓。

出会いと別れを重ねたりするうちにそのガラス窓にすり傷が残る。
時にはすごく硬い心の人がいて、そういう人が大急ぎでそばを
通り抜けると、さらに違和感の残る痛み傷が残る。
そうやって、子供から大人になる過程で、頭をひねりながら、
少しずつ色んな角度からの傷跡が増えていく。

でも最近思うのだよね。
傷のあるガラス越しに見た世界のほうが美しく見える。
傷のある心の窓から人を見たほうが、その人の持つ美しさに気付ける。
そして小さな幸せや小さな美しさに気付けるのだと。
完璧でない美しさを受け入れ合う。
いつも愉快に笑いながら、
賢く老いてゆくとはそういう愉快さを馬鹿らしく生きることなんじゃないかな。

毎日がゆるりゆるり。
2011.3
誰の心にも残り消えることないこの月。
そんな月の今日は最終日31日。

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太郎さん。
こんなにも美しい日々はあるのでしょうか。
そしてこんなにも国レベルで悲しい月はあっただろうか。

この1ヶ月を通じて皆が皆、自分自身を見つめ直し、
今まで以上にシンプルになれたのではないだろうか。

昨日、大切な友、マタちゃんの誕生会をした。
とても美味しいインドカレー屋さんで。
地震の影響で当日にお祝いはできなかったが、それでもいつもと同じく
楽しい会話ができた。
こういう当たり前の事は実は本当に当たり前ではなくて、とても
有難いことなんだよなぁ。
ナナナナーン。
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そしてそのテーブルでもやはり、あの地震以来
色んなムダな物が、削ぎ落とされていったんだよねー。という話しが。

皆、何が大事か、何が大切ではないかを個人レベルで気付くことができ、
その個人レベルの気付きが国を動かしていくということに気付けたのだよね。

東京の今。
物資の枯渇状態は少し改善されてきた。
まだなお続く、電気の節約で街は暗いが、それも明るい兆しの一つなのだと信じよう。
何て美しいのかな、今の東京は。
この助け合いがずーーっと人々の心に留まって続けば良いな。

そして私個人レベルでも、まさに映画のような出来事がこの1ヶ月起こり続けていた。
神様はそのタイミングで人の前に人を落として下さるなー。
気付くか気付かないはその人の熟し度合いだったりするのかな。

だから人生は愉快なのだけど。。

神様、私は気付いておりますよ。

さぁさ。
愛を持って周りの人達と繋がっていこう。
先週末は札幌でした。
父が38年の勤務を終える日、終業式のお祝いのため。

小学校の校長先生。
ここまでの職務の中、谷あり山あり、抱えるには大き過ぎるストレスも
抱えながら、私達、家族のために働いてくれた父さん。
途中、胃ガンにもなって胃も全摘した。
それでもこうやって職務を全うした父さん。
優しい父さん。
自慢の父さん。
今でも父さん以上に素敵な男の人には出会っていない(こういうと変な表現に
聞こえるが、だが実際私にとってはそうなのです)
私はそんな父に花束を抱えてどうしてもサプライズがしたかった。

廊下の広い小学校。

終業式。

そぉっと体育館に入り、父さんの最後の言葉を聞いていた。
涙が止まらなかった。

今までの情景が色々と目の前をよぎりながら私はこれまで父にした失態なんかを
呼び起こしたりしていた。
それでも大きく受け入れてくれた父さん。
やはり親は偉大だ。
こんな人を親に持って、なんて私は幸せなんだろうか。
そう、心から思った。

花を渡しにそぉっと玄関に行くと、父さんは抱きしめてくれました。
あぁ、行って良かった。
こんなに素晴らしい気持ちになれた日もないなぁ。

親は偉大だな、やはり偉大だった。
彼が創り上げたものが今の私達、姉妹なのだとしたら、もっと深く深く
頑張らないといけないなぁなどと心に刻む。

ありがとう。
そして、お疲れさま。