新しい年を迎え,最初に読んだ本
「街場の教育論」(内田 樹:ミシマ社)
大学での講義をもとにまとめられただけあり,私にとっては難しい言葉がたくさんありました。でも,「なるほど!」「そうかなぁ?」といろいろ考えながら読み進めることができました。
前半は,「教育改革」について分かりやすく書いてありました。
「教育は惰性の強い制度である」ということを言ったのは,
教育は「キーを押してから文字が表示されるまで長い時間がかかる」ようなシステムだということです。
それどころではありません。
正直に言うと,教育というのは
「差し出したものとは別の形のものが,別の時間に,別のところでもどってくる」システムなのです。
喩えて言えば,キーボードを押すと,
ディスプレイに文字が出る代わりに,
3日後に友達から絵はがきが届いたとか,
3年後に茄子を2個もらったとか,
そういうどこをどう迂回したのか,
よく分からないような「やりとり」が果たされるのが教育というものの本義なのです。
後半は「学び」について書かれていました。
学力を上げるためには,自分たちのいる場所とは違う場所「外」とのかかわりが必須です。
どうやって助け合うか,
どうやって支援しあうか,
どうやって一人では決して達成できないような大きな仕事を
共同的に成し遂げるか。
そのために必要な人間的能力を育てることに
教育資源はまず集中されるべきでしょう。
大学の先生らしく,大学における「学び」についてもたくさん書いてありました。
大学について考えている息子にこの本を渡してみようかな・・・
(ち)
「街場の教育論」(内田 樹:ミシマ社)
大学での講義をもとにまとめられただけあり,私にとっては難しい言葉がたくさんありました。でも,「なるほど!」「そうかなぁ?」といろいろ考えながら読み進めることができました。
前半は,「教育改革」について分かりやすく書いてありました。
「教育は惰性の強い制度である」ということを言ったのは,
教育は「キーを押してから文字が表示されるまで長い時間がかかる」ようなシステムだということです。
それどころではありません。
正直に言うと,教育というのは
「差し出したものとは別の形のものが,別の時間に,別のところでもどってくる」システムなのです。
喩えて言えば,キーボードを押すと,
ディスプレイに文字が出る代わりに,
3日後に友達から絵はがきが届いたとか,
3年後に茄子を2個もらったとか,
そういうどこをどう迂回したのか,
よく分からないような「やりとり」が果たされるのが教育というものの本義なのです。
後半は「学び」について書かれていました。
学力を上げるためには,自分たちのいる場所とは違う場所「外」とのかかわりが必須です。
どうやって助け合うか,
どうやって支援しあうか,
どうやって一人では決して達成できないような大きな仕事を
共同的に成し遂げるか。
そのために必要な人間的能力を育てることに
教育資源はまず集中されるべきでしょう。
大学の先生らしく,大学における「学び」についてもたくさん書いてありました。
大学について考えている息子にこの本を渡してみようかな・・・
(ち)
