いつだったか、テレビを見ていると島田紳助さんが、さかなクンの書いた新聞のコラムを紹介していた。どんな場面での紹介だったか忘れたが、これは!と思っていたのを今思いだし、探すとわが家でとっている朝日新聞の記事ではないか。朝寝ぼけ眼で十分ほど眺めるだけの新聞の読み方では見つけられなかった。

 「いじめられている君へ」 「いじめている君へ」という特集で、2006年の11月14日から12月16日まで掲載されていたようだ。



 タレント、小説家、スポーツ選手、ジャーナリスト、モデル、科学者・・、各界の著名な人たちが語りかける短い言葉には、思わずうなずきながら、目頭を熱くしながら自分を振り返ってしまう重さがある。



今でも、asahi.com で読むことができる。

「いじめられている君へ」



 では、さかなクンの記事から。[:魚:]



広い海へ出てみよう    東京海洋大客員助教授・さかなクン



 中1のとき、吹奏楽部で一緒だった友人に、だれも口をきかなくなったときがありました。いばっていた先輩(せんぱい)が3年になったとたん、無視されたこともありました。突然のことで、わけはわかりませんでした。



 でも、さかなの世界と似ていました。たとえばメジナは海の中で仲良く群れて泳いでいます。せまい水槽(すいそう)に一緒に入れたら、1匹を仲間はずれにして攻撃(こうげき)し始めたのです。けがしてかわいそうで、そのさかなを別の水槽に入れました。すると残ったメジナは別の1匹をいじめ始めました。助け出しても、また次のいじめられっ子が出てきます。いじめっ子を水槽から出しても新たないじめっ子があらわれます。



 広い海の中ならこんなことはないのに、小さな世界に閉じこめると、なぜかいじめが始まるのです。同じ場所にすみ、同じエサを食べる、同じ種類同士です。



 中学時代のいじめも、小さな部活動でおきました。ぼくは、いじめる子たちに「なんで?」ときけませんでした。でも仲間はずれにされた子と、よくさかなつりに行きました。学校から離れて、海岸で一緒に糸をたれているだけで、その子はほっとした表情になっていました。話をきいてあげたり、励ましたりできなかったけれど、だれかが隣にいるだけで安心できたのかもしれません。



 ぼくは変わりものですが、大自然のなか、さかなに夢中になっていたらいやなことも忘れます。大切な友だちができる時期、小さなカゴの中でだれかをいじめたり、悩んでいたりしても楽しい思い出は残りません。外には楽しいことがたくさんあるのにもったいないですよ。広い空の下、広い海へ出てみましょう。



(朝日新聞2006年12月2日掲載)




 彼のこの文章にはいくつものキーワードある。みなさんそれぞれの思いで拾ってください。私は、「だれかが隣にいるだけで安心できたのかも・・」って言葉が好きだな。

(か)