書家 桜鱗ブログ『白黒花火』

書家 桜鱗ブログ『白黒花火』

~感情は心に咲く花火 打ち上げ花火のように情熱的に 線香花火のように繊細に〜

 

【遊びをせんとや生まれけむ】

 

「人生とは?」という私の大袈裟な問いに、

 

ある人は何食わぬ顔で「大いなる暇つぶし」と答えた。

 

“人生は大いなる暇つぶし”

 

それは、今でもガチガチな私をほどいてくれる、まじないのような言葉。

 

半径2メートルの世界に溺れそうになる私を救ってくれる。

 

自らの人生にどんなに期待してみても、結局大概“こんなもん”なのだ。

 

ましてや誰かに求めるなんて、全くもってナンセンスなんす。

 

出逢いも別れも、泣くも笑うも、成功もしくじりも、

 

思い返せば全て、人生という限りある時間を埋める暇つぶし。

 

心遊ばせ、余白を生きる。

 

そんなふうに考えるようになり、ガチな私に“イイ加減”が加わって、

 

なかなか美味しくいい塩梅になってきた。

 

生きることは面白い。

 

もしかしたら、

 

真っ向から向き合わない方が、

 

その神髄に近づくという

 

カラクリなのかもしれません…。

 

 

 

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【脈脈】

 

私の中に滾るもの。

 

そして絶えず身体を駆け巡る。

 

時に静かな狂気を孕んでは、またある時は熱く、熱く。

 

脈々とこのちっぽけな身体に息づく創造的衝動は、

 

うねり、蠢き、私を前へ上へと駆り立てる。

 

創造することは生きること。

 

何かを生み出す営みは、まるで私にとって呼吸のように。

 

五感と心で吸い込んで、表現することで吐いて出す。

 

2024年、元旦。

 

命の限りを肌で感じ、私は生きる実感を強く求めるようになりました。

 

全ての生命に、等しく平等に与えられる“生”と“死”。

 

どんなに生きたくても生きられない命があり、

 

どんなに死を求めても生かされる命があるという事実。

 

例え足掻こうとも、その運命(さだめ)からは逃れられないのだと思った。

 

ならば私は命のある限り、生々しく“生”を感じ、伸びやかに精神の自由を味わいたい。

 

ここにある作品の数々は、納まりきらずに私の中から零れ落ちた命のカケラたちです。

 

どうか優しく拾い上げて、その不格好な多面体をあちこちから眺めて欲しい。

 

そして、そこに何かしらの衝動の連鎖が生まれたなら、

 

それは創り手冥利に尽きるというものです。

 

 

 

 

 

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【本能のままに生きるが本望】

 

「誰が止めた?」

 

「なぜいけないの?」

 

「…で、お前はどうしたい?」

 

私は私に問いかける。

 

くだらない常識にとらわれず、

 

ちっぽけな羞恥心も、体裁も建前も関係無い。

 

ましてや誰かの目なんて、こっちの目には映ってない。

 

大切なのは、自分の心。

 

剥き身の魂と向き合うことだ。

 

五感と感性をフルに働かせ、自分らしく生きること。

 

全身でもって愛を知り、思い切り泣くこと、笑うこと。

 

人はもっと動物的に、まっしぐらであっていい。

 

自ら魂に授けるのは足枷か、翼か。

 

せっかくもらった命ならば、最大限使い倒して

 

「あー、もうお腹いっぱい」って言いながら、

 

消えていきたいと思うから。

 

動物的に人であれ。

 

人として、本能のまま生きるが本望。

 

魂輝かせ、生きるが本望。

 

 

 

 

 

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