こんばんは

今日は、永遠のお別れの話しでも‥
まぁ40過ぎれば色々な別れを経験してきた訳ですが‥
ブログを休んでいた間に
実は人生最大の悲しい別れがありました。
前に書いた事がある「お騒がせじいちゃん」の父が昨年の11月11日ポッキーの日に他界しました。
いつかいなくなってしまう事は分かっていても、自分の親はいつまでもその時がこないようにも思っていたりして。
20年前に上咽頭癌ステージⅢで12時間以上の大手術と放射線治療をし、その後なんとか復活したものの嚥下障害があったりして、食べ物をうまく飲み込めないようだったんですけど。
その症状って、私達にはどのくらいのものなのか正直よくわからなくて‥
じいちゃんワガママ言って好きな物しか食べないよ~
なんて言ってしまってたんです。
でも本当に飲み込む事が困難だったのが分かったのは、心肺停止で病院に運ばれて先生の話しを聞いた時で。
普通の人ならすんなり入っていくチューブが、放射線をあてた喉がコチコチに硬くなっていて、なかなか入らないって聞いた時でした。
口癖のように、
俺は今年もつかどうかわからない
って言う父に、
また言ってるよ
くらいにしか思ってなかったんですけど、本人は分かっていたんでしょうね‥
だから、母が出かけてる時は何も食べなかったんです。
ポカリスエット飲むだけで。
後から思えば、誰もいない時に喉に詰まって一人で死んでいくのが嫌だったのかな‥
心肺停止になった理由は‥
11月3日
その日は母の父親の命日で。
母が実家に行っていて。
帰ってきてお茶を入れて、お団子でも食べようか‥
って食べたお団子が喉に詰まってしまったのです。
だから母が、お団子なんか食べさせなければよかった‥
と大変落ち込み。
でも、食べたくない物は決して口にしない父だったから、
きっとお団子食べたかったんだよ。
最後に食べたい物食べて往ったんだからよかったんだよ!
って、言ってあげたんですけどね。
それに、じいちゃんらしいじゃん。
団子喉に詰まらせて死んじゃうなんてさ。
法事のたびに、笑い話になるじゃん!
残された者が、思い出を楽しく話して笑っている事が供養になるって、住職さんも話してくれました。
もっと親孝行してあげればよかったと
心残りもありますが‥
じいちゃんにとっては、良い最期だったんじゃないかな‥
ちゃんとお母さんに看取られて。
仲の良い夫婦だったからね
う~ん、我が家の老後はどうなっちゃうんだろう‥
今から心配
CHIHARU