昨日。お寺に行った後、処々用事を済ませ。まだ時間が余ったので。
招待券をいただいてた『野田弘志展』を見に行ってきました。

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ちょうど作家さんご本人がお見えになってて。
会場内をフリートークでまわり、ところどころ絵の解説などしてくださるのを聞きながら見ることができました。
まるでモノそのものが本当にそこにあるかのようなリアルな描写。
超超超写実的な絵。
どこまで近づいてみてもどこも手を抜いていない緊張感漂う画面。
圧倒されました。

よく「写真のような絵だ」と言われるがそれは自分にとっては不名誉なことだ、と言っていた。写真は片目で見た、いわば記号のような映像だ。
それでもそのものらしく見えるので人はそれを本物だと思うかもしれないがそれでは自分は足りないんだ、と。
人間の両目で見える奥行きや空気、そしてそのものが持つ存在感のすばらしさは写真できりとっただけではそこまで表現できないんだ、というようなことを話されていた。

今現在71歳になるそうだが、ある女性を描いた絵をさしながら。
やっとそのものがそこに存在する実感のある実体としてとらえることができるようになった。体温とか今なんか考えてるとか。その存在自体が輝いているのがふと、見えてきた。それをとらえることがやっとできるようになった、そんな作品です。去年のことですけどね、と。


すごいなぁ~。この人の追及は一体どこまで続いていくのだろう。

今やろうとしていることは本当に本質的なことなのか。
それをいつも問いかけながら絵を描いていると仰っていた。
徹底的に長い月日をかけて刻んできた圧倒的な作品達を前にご本人から出る言葉にはものすごい重みがあった。

そして骨や化石などを白い画面に配した『ときじく(非時)』シリーズ。
これは万葉集の「ときじくのかくのこのみ」からきているそうですが、「いつでも芳香を漂わせる実(橘の実)」、いわゆる「不老長寿の木の実」のことだそうです。

その中に。ホルマリン漬けの胎児を描いた作品があって。
そこで作家は「死すべき人間」という話をされていた。
生まれた以上、死ななきゃならない宿命なわけで。
だからこそ生きてることをつきつめて、死を直視してかくべきだ、と。
こういう絵は売れないんだけどね。と二ヤリとしながら。

そういった説明をうけなくても。
この絵にはそういった覚悟が画面全部に現れていて。
やっぱり圧倒される。すばらしい展覧会でした。

このくらい自分も一つのことを追求してみたい。
誰がなんと言おうとかんけーない、俺はこうしたいんだというのを形に残せたらきっと最高だろうな。激しく勉強になりました。

・・・でもちょっと疲れた・・・。