ガンがテーマの番組とか闘病生活の話とか
テレビで始まると番組を変えたりして絶対見ないようにしています。
夫もあまり見たがらないんですけど
世界一受けたい授業で始まったんですよね。
替えていい?って聞こうとしたけど。
昼間も見たくない番組を替えてしまったので
自分勝手すぎるかと思い黙っていました。
だけど、泣けてきちゃってキッチンに逃げました。
お湯を沸かしていたので、それを待ってました。

1度目のガンが見つかった時は2004年でした。
不安で不安でたまらなかった。
県外で1人暮らしをしていたので、父母が来てくれて
一緒に病院に行き、実家近くの病院へ行くため紹介状を書いてもらいました。
父の運転する車で実家へ帰る途中、すごい吹雪で前も見えないくらいでこの時期、何もなければ車で移動なんてしません。
私は車の窓から雪が舞っているのを見ながら涙をこらえていました。
次の日病院に行き、検査などをしてやはり手術をすることになりました。
主治医の「頑張りましょう!!」
っていう言葉に驚いてその言葉が理解できなくて
なんとなく冷血な言葉に思えて診察室を出てから号泣しました。
入院準備のために一度家に帰ったんですが泣き続ける私に母は「そんなに泣きなんな。」と涙を拭っていました。
その後、病院に戻り、手術の説明のためにもう一度、主治医に会うことになりました。
その時、主治医が私に「夜、寝れてないんだら?」と言いました。
たったその一言が私の心を救ってくれたような...
私の気持ちわかってくれてるんだって
この先生を信頼してもいいんだなって思えました。手術当日、朝眼が覚めると外は銀世界が広がっていました。この冬一番の大雪。
両親はもちろん、二番目の姉とおばあちゃんも来てくれました。
一番上の姉は、県外に住んでいて旦那さんが車で行くと行ったらしいですが
普通タイヤで峠が越せるわけないと母が反対したらしいです。
手術の準備をしますと言って尿の管を入れられた事が痛すぎて泣きました。
それから、ベッドに寝たまま手術室に向かう途中
看護師さんが「頑張ってね!」と言ってくれてまた泣きそうになったけど
主治医の前で泣くわけにはいかないと思い
気持ちを取り戻したつもりだったのですが
手術室に入る前に名前を聞かれたのですが
自分の名前がわからないんです。
もうわからなくて、わかりませんって言おうとした時
前日に練習したことを思い出しました。
(こももです。)あ!!

「こももです。」と言うと
看護師さんもホッと胸を撫で下ろしていました。
聞かされていたんです。名前が言えなくなる患者さんがいるので練習しましょうって。
その時は、何十年と言い続けている自分の名前が言えなくなるなんてあるのかなと思っていましたが実際に体験してわかりました。

あります。

手術室に入り、麻酔です。主治医が麻酔もしました。
針のところが痛くなりますよって言葉と同時に激痛でこんなに痛いって聞いてない!!・・・・・・・・・・・
・・・・・・「こももさん。こももさん。」

夢を見ていたところを起され、なんだろう??と思いながら、目を開けると
ぼんやりと主治医が見えて「大丈夫かいな?」と言ったので大きくうなずきました。
手術が終わったんだ。
病室に戻り酸素マスクも外され寝ていると
主治医がやってきて
病名を告げました。
そうだよね。と
窓の外に落ちる雪をただただ見つめていました。