前の職場の上司と飲んでいるときに、「最近面白かった本は?」と
習慣的に聞くようにしているのですが、そこであがってきたのがコレです。
■相剋の森
連休中によんじゃいました。熊谷達也さん。
PRESIDENTくくり①+③
どんな本?と聞いて、「あれ。邂逅の森しらん?マタギ、熊狩りを題材にした本。まあよんでみ」
と云われました。
マタギといわれても、なんのことだがわからず
特別興味がわいたわけではないですが、
そこは尊敬する方のおススメということで、手にとってみました。
●マタギ
http://www.jomon.ne.jp/~misago/matagi.html
「白神山地ってどんなところ」から
熊などを狩猟して生活した又鬼(またぎ)といわれた人々は、鰺ヶ沢町では大然・一ツ森・芦萢等に住んでいたが、狩猟そのものも、マタギする、マタギに行くと言った。
マタギとはどういうことから名付けられたのか、諸説があってはっきりしない。
菅江真澄はマダハギからきたという。
マダは科の木(しなのき)のことで、この木の皮をはぎ繊維で織った着物を着たからだという。
柳田国男は、信州の山人たちが使う息杖のマタツボから起こったと説明している。
この息杖は昭和20年代まで黒森などで炭焼きの人が、炭を背負って山道を歩いたときに持っていたものと同じであろう。「Y」この股にも炭ほあげて一休みした。
喜田貞吉は、又木説。
この他、アイヌ語のマタウンバ(雪山で狩をする者の意味)からきたのだという説もある。
五来重は「修験道入門」の中で山人の山杖をマタギの名の起こりであるとして、
「農耕がはじまっても山中生活をする狩人は山人として畏敬された。そして山中生活で得られた験力と、山の神の依代である常磐木の杖をもって、里の人々の祝福に山から降りて来た。このとき山人のシンボルとしてマタブリ、かなわちマタギ(股木)を手にもって来たので、マタギが山中狩猟民の別称になった」と説明している。
●読後レビュー
ジャーナリストの美佐子はマタギの集会で、
今の時代になぜ熊を食べる必要があるかと投げかけ、マタギたちの反感をかう。
そんな美佐子に写真家の吉本は「山は半分殺してちょうどいい」という言葉を預ける
ところから物語が始まります。
この言葉に魅せられて、本格的に取材を始める美佐子が
実際にマタギたちと交流を始め、自身も山へ入っていく中で
その言葉の意味を知るようになるのですが、美佐子の出生の秘密や
吉本との恋愛も描く盛りだくさんの一冊です。
ただし軸は、あくまで人間と自然の共存。
一般的な自然や環境問題から、より具体的なマタギの問題へと落とす中で
やや縁遠いテーマとなってしまうところを、
我々に近い立場の美佐子の視点で物語を描き、人間と自然の共存について
私たちの問題として考えさせてくれます。
幼少のときはボーイスカウトに所属していたのですが、
昔よく六甲山に入って行ったときの事を思い出しながら、
あっという間に読みきってしまいました。
テンポのよい作品。
森シリーズ。よんでみよう!
