私はある国立大学医学部を放校処分にされた最低な人間である。自分の最低さは否定しない。
自分の弱さも否定しない。
実は逮捕される以前からその国立大学で医師になるのは不可能であることを悟っていた。
実名報道されてレッテルを張られることよりも私には恐れていることがあった・・・・。
人間関係が身を滅ぼすということを痛いほど痛感した1年以上にわたる医学生としての生活・・・。
服従を強いられた日々・・・。
できればサークル活動をしたかった・・・。
でも自分以外の千葉大生に接点を持たせないように細心の注意を払い行動しなければならなかった・・・。
自分の最優先事項であった接点を持たせないことは成功した・・・。
逮捕され、実名報道され、執行猶予がつく・・・。
これは全て想定通り・・・。だけど、自分が好きだった千葉大学医学部に放校処分を言い渡されたショックは
想像以上だった・・・。自分と全く関係ない被害者の方を巻き込んでしまい本当に申し訳なかった・・・・。
守りたいものを守る手段をそれ以外に持たなかった自分がゆるせない・・・。と思いつつ拘禁されながら勉強に
明け暮れた日々・・・・。東大、京大、阪大50年の確率・微積・整数論をすべて正座しつつ解いていた自分を見て
刑務官の方変な目で私を見ていただろう。仮就寝後には世界史と古典を暗記していた日々・・・。
家庭教師をしていた教え子(逮捕される日が近いことを伝えていた)からの手紙・・・・。
研修医として頑張っている恋人(彼女にもつたえていた)からの手紙・・・・・・。
これが私をもう一度再起させてくれた原動力であった・・・。
今日病院から退院した・・・・。
やっぱり死ねなかった・・・・。これでもう完全に人間関係を断ち切る事が出来た・・・。
生きがいを失い、自殺未遂を図った男に生きる気力が残されているとは誰も思わないであろう・・・・。
そう、そのためにセンター受験後のこの時期自殺をはかったのだから・・・。
もちろん本当に命を落とす危険もあった。それでもよかった。
保険証の裏の臓器提供の意思表示を明確にして、脳以外の臓器が残る方法を選んだのは、万が一失敗
した時に、必ず自分の臓器が患者さんに利用してもらえように考えたから・・・・。
でも、死ねなかった・・・・。生きていこうと思う・・・・。放校処分を言い渡された時の先生の言葉を信じて。
神経内科医を目指しているあの人に憧れて自分も医学をこころざした・・・。裁判では小児科医になりたい
などと言ってしまったが、あれはもちろん指示どうりの発言・・・。私の本心はやはり神経内科医になりたい
という一心であった。裁判でまで発言を強要されることがどんなに情けないか・・・。自分の弱さに立ち尽くす
だけであった・・・。ただ、反省しているという部分以外の私の供述は完璧だった。裁判官や検事、自分の弁護人
、そして親切にも自分の傍聴記録をインターネットへ公開してくれたひ人も私の真の動機に気が付いていない。
自分でも演技は100点だったと思う。ただ、供述していて本当に情けなかった・・・・。ただ、親父の治療お世話になっている間は口が裂けても本当のことは言えない以上はしかたなかった・・・。
センター本番では留置場と拘置所で3年前の知識をもう一度頭に叩き込み直したが、821点しか取れなかった。
もちろん出願することはためらった・・・センター試験の点数の低さもそうであるが、それ以上に執行猶予中に出願することが・・・・。ただ、もう人間関係は解消できた・・・・。もう、犯罪を犯す理由がなくなった今、もう一度チャンスが欲しい・・・・。執行猶予満了まで出願が受理されても面接で不適格と判断されても仕方ないと考えている。
刑の消滅というものがあり私は一生の前科者ではないらしい。その時点で資格制限がなくなるらしい。それまでは働きながら、基礎医学の勉強や臨床医学の基礎的部分を自分で学んでいこうと思う・・・。センター9割と二次試験の勉強はもうしなくても大丈夫だから・・・。
教え子は絶対受からせたい・・・。私の力をすべて伝えて合格させることが今の私の最大の目標・・・。
まさか、自分よりセンターで20点もいい点を取れるようになって・・・。すごいよ600点台からの大幅アップ・・・・・・。頑張ったね・・・。なんて他人事みたいだよね・・・。がんばれよ!俺より8歳若い受験生の!
俺も十字架を背負いつつ働きながらチャレンジするから。逃げずに・・・。