相馬野馬追 開催地と三軍
浜通り 夜ノ森(よのもり)以北のうち、戦国時代から江戸時代にかけて相馬氏・中村藩(藩主:相馬氏)の領地に入っていた市町村で開催される。浜通り最北端にある新地町(しんちまち)は伊達氏・仙台藩(藩主:伊達氏)の領地に、浜通り夜ノ森以南は岩城(いわき)氏・磐城平藩(いわきたいらはん。藩主:内藤氏、安藤氏など)の領地に入っていたため、相馬野馬追に与らない。
各郷ごとに騎馬隊が編成され、さらにそれらが神社ごとに三軍に編成される。中村城跡と相馬中村神社が所在する相馬市中村地区で編成される宇多郷勢の長は、中村藩主にならって全三軍を率いる総大将となる。祭りのハイライトの甲冑競馬や神旗争奪戦は、南相馬市原町区の雲雀ヶ原(ひばりがはら)にある相馬野馬追祭場地で開催される。
妙見三社の神事ならびに君主の行列のため、上から見下ろすのはいけないことだとされている。そのため、出陣式の時に通る中村第一小学校前の歩道橋は封鎖され、一部のカメラマン等を除いて上ることは出来ない。また、付近の民家でも2階から見物することは自粛するのが通常。移動などの為騎馬行列を横切ることもしてはいけない。なお、行列の前に警察、市役所等により行列の横断を行わないように注意がなされているがこのような注意を無視し横断をする観客、報道関係者も多く見られる。