祭祀(神道) 春日大社を中心にして
春日大社の例祭である春日祭(かすがのまつり/かすがさい)は、始まりが849年(嘉祥2年)とされ、神と人との仲を取りもった中臣氏の氏神を祭る、古代の祭祀の方法を伝えているといわれる。事前に山の榊を切り、神職者の祓式を行い、御酒式が行われる。
春日祭の当日には、多くの神社で見られなくなった御戸開ノ儀(みとびらきのぎ)から始まり、黒米飯(玄米)や御魚、御精進(野菜)、御菓子(唐菓子)など、調理されたことを意味する熟饌(じゅくせん)を供え、祝詞を奏上し、神宝を飾る。春日祭ではこの御戸開について克明に記録されており、特に神饌について「かなりやかましい」ということである。従来、調理した神饌が本来であったが明治維新の際に大部分の神社において廃れたものである。御戸開は、伊勢神宮では神嘗祭(かんなめさい)にしか行わず、口伝のあった神社もあり古くは殿内に入るということから重要視されており、石清水祭でも祝詞を奏上し拍手を行う。
次に祓戸社の前で中臣祓(なかとみのはらえ)を受けるが、ここでも調理した神饌をお供えし、諸々を執り行った後に散米をするが、これも現今では見られない祭式で左右中と行う。伊勢神宮では祓戸神へのお供としては千切散米が行われる。大麻(おおぬさ、祓串(はらえぐし))の使い方も異なり、現今では音を立てて振るが、春日大社では撫でるように行われる。
春日祭の祭祀の中心部では、『延喜式』の儀式作法書通りであり、宮司がお供えされた御棚御饌(みたなしんせん)の上の柏の葉の蓋を開け、神酒を酌ぎ、共進する。天皇からの御幣物(ごへいもつ)が奉納され、勅使は天皇からの言葉である御祭文(ごさいもん)を奏上するが、この紙は春日大社では黄色、伊勢神宮では縹色(はなだいろ)、加茂神社は紅梅色などの定めがある。(麻紙(まし/あさがみ)も参照)
賀茂神社でも、祓いを行い、神饌を供え、祝詞を奏上しと大枠は同じである。神にお供えするために奉納される品々は、加茂神社の次第書では青和幣(あおにぎて)白和幣(しろにぎて)と書かれており、『日本書紀』では「ぬさ」、「みてぐら」、古くは「にぎたえ」とも呼ばれ、絹、麻、木綿などである。