黒嶋神宮 縁起

 


社伝によれば、5世紀頃の創建といわれる。新羅連合軍により滅ぼされた百済の遺臣の援軍要請に応じて出兵(白村江の戦い)した中大兄皇子に妊娠中の大田皇女(おおたのひめみこ。天智天皇皇女)が随行した。瀬戸内海の大伯の海(おおくのうみ。現在の燧灘(ひうちなだ))で産気づいた時に黒島に立ち寄り安産祈願をしたところ、無事に大伯皇女(おおくのひめみこ。大来皇女)を出産したという逸話が伝わっている。これは木花咲耶姫の神徳によるものとされ安産祈願の神社として長く尊崇を受けている。南北朝時代には南朝の勅願所とされていた。



祈願に訪れた際に安産石を1石持ち帰り、無事出産した後にお礼として2石にして返せば、その子は健やかに育つという。



「黒嶋神社のツバキ群生林」として、新居浜市天然記念物に昭和60年12月5日指定された。