イザナギ 神話におけるイザナギ ②

 


イザナギは、黄泉国と地上との境である黄泉比良坂(よもつひらさか)の地上側出口を大岩で塞ぎ、イザナミと完全に離縁した。岩の向こうからイザナミが「お前の国の人間を1日1000人殺してやる」と言うと、イザナギは「それならば私は産屋を建て、1日1500の子を産ませよう」と言い返した。



その後、イザナギが黄泉国の穢れを落とすために「筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原(檍原)」(つくしのひむかのおどのあはぎはら)禊(みそぎ)を行なうと様々な神が生まれた。最後に、左眼からアマテラス(天照大神)、右眼からツクヨミ(月夜見尊月読命)、鼻からスサノオ(建素戔嗚尊速)の三貴子(さんきし/みはしらのうずのみこ)が生まれた。イザナギは三貴子にそれぞれ高天原・夜・海原の統治を委任した。



しかし、スサノオが「妣国根之堅州国」(ははのくに ねのかたすくに。旧出雲国、現;島根県安来地方)へ行きたいと言って泣き止まないためスサノオを追放し、淡道(淡路島)の多賀の幽宮(かくりのみや。現在の伊弉諾神宮(いざなぎじんぐう))に篭った。



幽宮については和銅5年(西暦712年)編纂の『古事記』の写本のうち真福寺本(しんぷくじぼん)には「故其伊耶那岐大神者坐淡海之多賀也」「伊邪那岐大神は淡海の多賀に坐すなり」との記述があり、これが多賀大社の記録だとする説があるが、『日本書紀』には「構幽宮於淡路之洲」「幽宮を淡路の洲に構りて」とある。つまり国産み・神産みを終えた伊弉諾尊が、最初に生んだ淡路島の地に幽宮を構えたとある。そもそも後の近江は淡海ではなく近淡海と書くこともあり、真福寺本の「淡海」は「淡路」の誤写であった可能性が高いと考えられる。