ワケ 称号からカバネへ

 


成務天皇国造県主とともにワケを取り入れた氏姓制度を確立すると、ワケは一代限りの称号から世襲的なカバネになった。垂仁天皇以前の天皇の血筋を引く地方領主的な一族もこの時にワケを与えられたと考えられる。孝霊天皇の子孫を名乗る吉備臣や笠臣(かさのおみ)、孝元天皇系の大彦(おおひこ/おおびこ)の子孫を名乗る阿部臣(あべのおみ)や膳臣(かしわでのおみ)、開化天皇の子孫を名乗る道守臣ら(ちもりのおみ)もワケの祖先を伝えている。ワケをカバネとした氏族は40氏を数えている。



ただし、ワケはその系列分布に片寄りが見られる。ワケは神別の天神、天孫系そして地祇系の氏族系譜にはほとんど見られない、皇別系(天皇系譜)の尊称及び姓である。しかし、皇別の中でもその分布に片寄りが見られ、蘇我氏や平群氏(へぐりうじ)が属する孝元天皇系の彦太忍信(ひこふつおしのまこと)系にワケは見られない。